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2012年1月 3日 (火)

伝統的文化

伝統的文化

西日本新聞 社説:成熟社会の新たな豊かさ求め
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/280167

日本には、その資格が十分ある。要は成長の条件が崩れている現実、何も変わらないことがもたらすリスクの大きさを、認識することである。

折しも「幸せ」「幸福度」の指標づくりが福岡、熊本両県をはじめ、全国の自治体に広がっている。国内総生産(GDP)ではなく「国民総幸福」(GNH)を提唱するヒマラヤの小国ブータンが、刺激になっている。

共通するのは伝統や自然に配慮し、健康や教育、文化の多様性、コミュニティーなどを重視する考え方だ。

難しいが、新たな豊かさを切り開く道筋として、挑戦してみたい。

幸せの数値化すること「幸福度」という存在そのものが危険を孕んでいる(こうなったら幸福ですという在り方を政府が定義しかねないのではないか)と心配でもありますが、「国民総幸福」(GNH)を無意味だとは言いません。

  *        *      *

ただ、ちょっと気になったのが「文化の多様性」という言葉です。

多様な文化が集まることは文化の摩擦を招きます。それは安定や安心ではなく変化と不安(そして期待)の原因となります。それを幸福と言って良いのかは判りません。

  *        *      *

「文化の多様性」という言葉から「伝統的文化の再評価」という言葉を連想しました。

人間は、その歴史の中で人間同士が幸せに生活していく方法を模索してきたのだと思います。必ずしも上手く行ったとは思いませんが、不幸になる事を目指した人間集団はいないでしょうから、みんな其々の方法で幸福になることを目指した、そして多くの習慣(行動パターン)や行事(イベント)を生み出した。

人々の働き方、経済的価値の生み出し方は変化しています。昔風の習慣や行事を復活させても無理があるでしょう。

しかし、伝統的文化には先人達の経験と知恵があります。

  *        *      *

私達は伝統的文化を学んで(そして、アレンジして)現代に生かすべきではないかと思います。幸福度などという意識的なものを追求するなら、意識的に伝統的文化を再評価するべきではないでしょうか。

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