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2012年2月 6日 (月)

エイリアンより重大なこと

エイリアンより重大なこと

スポニチ:胃ろうに石原幹事長「エイリアンみたい」
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/02/06/kiji/K20120206002583060.html

終末期医療が抱える問題点を説明する意図があったとみられるが、SF映画のエイリアンへの例えは患者家族らの批判を招く可能性がある。

石原氏は同時に「そこで働いている人に感動した。看護師さんたちが、反応はないのに患者に語りかけながら面倒を見ている」と現場の職員の動きを評価したが、「こんなことをやったらお金がかかる。医療はやはり大変だ」と指摘した。

昔風の失言問題です。マスコミも昔風に騒ぐかもしれません。最近の問題は(表現の問題ではなく)実質的な無知をさらすものですが。

ところで「エイリアン」よりも重要な事を石原幹事長は言っています。それは「こんなことをやったらお金がかかる」と言うものです。これは切り捨てを提案しているとも言えます。こちらの方が遙に重要です。

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2つの事をおもいました。

ひとつめ、この「お金がかかる」発言をスポニチしか伝えていないこと。いえ、全てのサイトを見た訳でもありませんし、ぐぐっただけですが、時事通信や共同通信はヒットしないで、スポニチでのみこの発言を見たことは事実です。

スポーツ新聞のサイトの方が大切な事が書いてあるって、それでいいのでしょうか。

ふたつめ、姥捨山は依然として現実であると言うこと、そして永遠に現実でありつづけること。姥捨山は非難と悲しみの対象です。しかし、私達には、人間には、限界があります。無限にコスト(医療関係者の手間・税金や医療保険の金・薬や医療機器などのモノ)を使う事はできません。どこかで限界が来ます。彼の発言を「姥捨山!」と非難することは容易いです。しかし、無限のリソースがある訳ではなく、誰かを助ければ誰かを助けられなくなる現実を見据えなければなりません。

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限られたリソースでなるべく多くの人の幸せを実現する努力を怠ってはなりませんが、厳しい現実から逃げることは出来ません。主権者は最終責任者でもあるのですから。

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