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2012年3月14日 (水)

河村発言に対する意見を変えようかな

河村発言に対する意見を変えようかな

産経新聞 主張:拓殖大学客員教授・藤岡信勝 河村氏への反響に時代の変化が
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120313/plc12031303200001-n3.htm

3月7日、南京市幹部が発言を撤回し謝罪しなければ交流再開はないと表明したのに対し、河村氏は8日、撤回を拒否している。

平成6年、永野茂門法相は「南京大虐殺」に疑問を表明して即座に辞任させられた。当時、永野氏をかばう発言はほとんどなかった。河村発言については石原慎太郎都知事と上田清司埼玉県知事が支持を表明し、マスコミも袋だたきにできなくなっている。あるネットの世論調査では、71%が河村市長の政治姿勢を支持している。

この10年の「南京」研究の成果と教科書問題などの進展、そしてネット世論の成立によって、時代は大きく変わりつつある。今こそ「自虐史観」の最大のテーマである、「南京」について、史実による検証と国民的な議論を巻き起こすときだ。何よりも国会議員が声を上げることを強く求めたい。

私のアタマが古かったのかも知れません。河村発言の後「袋叩きに会って、政治的敗北を喫するだろう」と思っていました。そして、南京大虐殺の既成事実化がまた一歩進んでしまうのではと心配しました。

しかし(少なくとも国内では)袋叩きには会っていませんし、政治的立場が悪くなったようにも見えません。

  *        *        *

私は「南京大虐殺」について幻派に近い不可知論の立場をとります。疑義のある事件については、双方の立場から自由に調査し検証することで真実に迫れますが、南京で自由な調査が出来るとは思えませんから。

現場を押さえている方が、対立する側に現地調査をさせないとしたら、状況的には、現場を押さえている側が何か嘘をついていると思ってしまいます。

  *        *        *

南京大虐殺や慰安婦問題など、日本がいいようにやられてきた問題で、もういちと論争して敗北の記録を作るくらいなら論争しない方が良い。しかし、論争して勝ち目があるのなら、勝てるのなら、論争すべきです。

私の現状認識は少し間違っているかも知れないと思い始めたところです。

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コメント

東京発の全国ニュースに変わると、河村市長バッシング。
同じ時期、名古屋発のニュースに切り替わると、批判的ではなく、「南京市民の親切の感謝してでた話の続きに出た話である」ことをきちんと放送し、その場の南京使節団の人も喜んで帰ったことまで放送していた。
その南京使節団が中国に帰ってこの話をしたら、急に「南京大虐殺否定」されたと変形し、中国がカッカとして、そうしたら、余計に東京発の報道まがいの番組等で、河村バッシング。
もうその頃、名古屋では、放送しなくなっていた。
子供の柔道の交流や書道の交流、SKB(AKBに似た少女集団)の出演が拒否されたなど、発生する都度、放送されたが、それは、淡々と事実を伝えるだけで、「ほら!こんなことになるから、河村舌禍、けしからん!」は、無し。
議会も、ただ一党共産党が追及したが、それも、形だけ。
他党にいたっては、質問すら無し。
減税党以外の議員は河村憎しなんだから、今まで、良い案も河村市長が提案しただけで、「反対!反対!」の大合唱だったのが、この件に関しては、沈黙。
ちょろっと、新聞が名古屋の経済を支える豊田にも影響がでるかも?と書いたが、それでも、音沙汰無し。

これを見て思ったこと。
1.国家感の無さ。
南京大虐殺で、河村市長を攻めれば、自分は「あったのか、無かったのか」どちらの意見かはっきりさせねばならず、それを明らかにしたくないからであろう。
地方議員だから、外交に疎いのはしかたがないが、政治家たるもの、国家感はもっているべきであると考える。
しかし、実際は持っていなかった・・・・。
急いで勉強して、名古屋経済のため、人事交流停滞打破にため国家感を整理して動く意気地もなかった・・・・。
2.中央のマスコミの、詳細を知らずに「南京虐殺否定」の単語にだけ脊髄反射して、ステレオタイプに、批判する。
それに一部の知ったかぶりコメンテータが、「南京大虐殺が、あったのか、無かったのか」どちらの意見かはっきり言わないまま、河村バッシングでは、盛り上がるはずもなく。
3.あれだけ無かった従軍慰安婦もあったと言うマスコミが「南京大虐殺が、あったのか、無かったのか」をはっきり言わないのは、暗に無かったとのメッセージを送ったに等しい。


今、日本は、中国がこの事件を大きくしようとしても静観(無関心?)しているから、やがて中国でも静まるでしょう。
しかし、中国を侮ってはいけない。
形を変えて、弾として使ってくる。
「漁船船長逮捕」のあと、日本人技師がスパイ容疑で拘束されたように。
特に名古屋の豊田を標的にしてくる可能性があるから、豊田社員、関連社員は、十分注意して欲しい。

投稿: 名古屋在住 | 2012年3月14日 (水) 08時50分

「南京虐殺」に関しては、私も「中国政府」の公式見解となっている「30万人虐殺」はあり得ないと思っています。それは戦場のことですから、ある程度の不祥事はあったでしょうが、それもかなり限られたものであったと思います。
 根拠としては、「南京陥落」後に日本人、外国人含めて大勢のメディア関係者、その他が南京に入っていますが、その人々の誰も「中国政府」の主張する「南京攻防戦」とそれに続く6週間にわたる期間に、虐殺30万人、強姦2万人などと言っていないことです。
明らかに「国民党」と関係のあったベイツやスマイスでも虐殺数は相当トーンダウンしていますし、5~6万人が虐殺されたと主張している人も、本来「虐殺」と表現するのはどうかと思われる戦死者を数に含めるなどしていますからね。
中には、「日本軍」の圧力で報道管制が引かれていたので真実を報道できなかったといっている人もいるようですが、「南京攻防戦」後に南京に入場した百人を超える人々(大宅壮一、小林秀雄、草野心平、石川達三、西条八十、林芙美子ら)が、戦後になって自由に発言できる環境になっても、「南京大虐殺」があったなんていっていないわけですから、やはり「日本軍」の圧力説は通用しないと思います。

個人的見解としては、戦死、捕虜処刑、個別兵士の不祥事としての民間人の殺害(これはごく少数)を含めて最大で5万人前後が死んだものと思っています。そのうち虐殺とされ得るものは捕虜処刑と民間人の殺害でしょうが、数からするなら圧倒的に捕虜処刑の方が多く、民間人の殺害は数十人からせいぜい数百人止まりだったのではないかと考えています。
私の見解では、これが「南京虐殺」の実態ということです。

投稿: 香原 | 2012年3月15日 (木) 13時42分

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