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2012年4月22日 (日)

「これさえ解決できれば幸福になる」「本当?」

「これさえ解決できれば幸福になる」「本当?」

中日新聞:同心円が消える日
http://www.chunichi.co.jp/article/column/desk/CK2012042102000074.html

記事を分かりやすくするために、よく地図を添えます。そこにコンパスでくるりと円を描く時は、危険が迫っているニュースの場合が多いようです。

例えば、台風の暴風雨圏と進路予想図。北朝鮮が発射した長距離弾道ミサイルの射程の参考図にも使われました。

昨年から目に焼き付いているのは、福島第一原発の地図です。立ち入りが原則禁止された警戒区域。一時帰宅も認められない区域、計画的避難区域などいくつもの円が重なりました。



同心円の中心にある問題を解決しない限り、不安は消えません。原発全停止は「集団自殺するようなもの」と、住民の不安を別の不安で覆い隠す議論がまかり通ってはいけません。

それは認めますが、一方で、ひとつの問題を解決することに集中して、他の問題を見逃してしまって、さらなる災厄を起こしてしまっては元も子もありません。

脱原発も結構ですが、本質的に目指すべきものは「人間の幸福」であって、脱原発も原発推進も、方法に過ぎないということを忘れてはなりません。

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私は、福島原発の事故以降、世の中への見方が、ややシニカルになりました。福島原発事故では誰も(直接的な放射能では)死んではいないのに、大騒ぎする。1年以上たっても大騒ぎ。一方で、車の暴走事故で何人もの方が亡くなっても数日間のマスコミに扱われて消え去ってしまい、今日も車は走りつづけています。そして、再び大事故が起きて死者が出るでしょう。

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原発事故が起きても(放射能で)死人が出ることはないでしょう。しかし、みんなで大騒ぎするでしょう。原発事故は、非日常ですし、検出器で簡単に数値が出ます。原発事故には大騒ぎしやすい要素があります。

交通事故は日常ですし、個々の行為の危険度なんて数値化できません(少なくとも簡単には)。交通事故は人間の命を奪っているにも関わらず、騒ぎの程度としては原発事故に及ばない。それは、日常・個々の行為の危険度の数値化が困難という、騒ぎになりにくい性質があるから。

「原発事故は、騒ぎやすいから騒いでいるに過ぎない」と言ったら言い過ぎだろうか。「怖い」と言うのは分かるんですけれど。

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複合的な視点を持つこと、自分にとっての目標を意識して、手段と混同しないようにすることを、心がけたい。

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