« 弱者が既得権益者になるとき | トップページ | 貧困の連鎖とは価値観の連鎖でもある »

2012年4月25日 (水)

マスコミの暴走は必要悪だけれど

マスコミの暴走は必要悪だけれど

ガジェット通信:京都18歳少年の無免許運転事故 搬送先救急センターのコメントに対してマスコミ各社が「事実誤認」と反論
http://getnews.jp/archives/197315

「こういうマスコミにペナルティを与える法整備を。」「最低だな記者…っていうか指示してる上のやつ?」というマスコミ叩きが始まったのだが、問題はその後である。

マスコミ各社が「事実誤認、訂正せよ」と但馬救命救急センターに訴えかけたのだ。その訴えの影響か、ブログには修正が加えられ、名指しされたメディアである読売新聞、毎日新聞、朝日新聞の箇所も「マスコミ各社」に変更されている。

マスコミが但馬救命救急センターを訪れ、取材し家族にカメラを向けたのは事実。何をもって“事実誤認”と“訂正”としたのだろうか。

マスコミの行き過ぎた取材を一種の「必要悪」と私は思っている。事件や事故の被害者に対しての取材についての批判に共感したけれど、同時に、マスコミこういう無遠慮な部分が無くなってしまったら、つっこんだ取材が出来なくなってしまうのではないかとも思った。

だから、マスコミの行き過ぎた(無遠慮な)取材は、ある種の「必要悪」として許容するしかないのではとも思うのだ。

しかし「マスコミ各社が『事実誤認、訂正せよ』と但馬救命救急センターに訴えかけたのだ」の部分には、そういった必要悪とはべつの嫌なものを感じる。本当に事実誤認なら別だが、実際にあった事を圧力をかけて無かった事にしているように見えてしまうのだから。

もしそうなら、必要悪などではなく、単純に、強者が自分を批判した弱者を脅しただけになってしまう。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 弱者が既得権益者になるとき | トップページ | 貧困の連鎖とは価値観の連鎖でもある »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/54554208

この記事へのトラックバック一覧です: マスコミの暴走は必要悪だけれど:

« 弱者が既得権益者になるとき | トップページ | 貧困の連鎖とは価値観の連鎖でもある »