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2012年5月25日 (金)

家族観の問題

家族観の問題

日本経済新聞:厚労相、生活保護引き下げ検討 親族に返還要求も
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E0E7E2E6E48DE0E7E2E7E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195583008122009000000

全国で209万人が受給する生活保護費の適正化に向けて政府が動き出した。小宮山洋子厚生労働相は25日、経済的な余裕がある受給者の親族に保護費の返還を積極的に求める考えを表明した。返還に応じなかったり、扶養を拒んだりした場合、法的手続きを取る。支給水準の引き下げも検討する。

年金額の切り下げなど、国民に痛みを強いる改革を進める中、生活保護を特別扱いしない姿勢を示した。

「扶養可能と思われるケースでは、家裁調停を申し立てる手続きを積極的に活用したい」

「経済的な余裕がある受給者の親族に保護費の返還を積極的に求める」

親族・家族はどうあるべきかという家族観・親族観についての議論というか明確化が必要なんじゃないだろうか。

単純な減額なら「生活保護を特別扱いしない」と単純に言えるのですが、子供が親の面倒をみなければならないとしたら、それは「生活保護を特別扱いしない」のではなく、家族観がどうあるべきかの議論だと思うのです。

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今回の河本さんの問題では、河本さん自身が親子仲が良いことを芸能人としてのウリにしていましたから、違法性うんぬんとかと別にイメージダウンは避けられません。自分がすごい収入があるのに母親に不便な生活をさせてたってことになりますから(生活保護にはさまざまな利益があるのと同時に制約もあります。生活保護がワーキングプアに比べて恵まれているからといっても、年収5千万にはかないません)。

河本さんが仕送りしていたなら、母親の側が不正受給を受けていたことになり、それはそれでスキャンダルです。

今回の場合、どうころんでもスキャンダルです。

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いま、家族観が揺れています。家族はどうあるべきか、援助は「家族」に対して行うべきか「個人」にされるべきか。

家族に対して援助が行われる場合、家族の価値観をどこまで尊重するべきだろうか。個人に対して援助が行われるべきなら、個人と国家が直接対峙することになる。その場合、国家の価値観に個人が直接対峙することになる。家族というサポートなしに自分を保てる個人はどれくらいいるだろうか。

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今回の河本さんの問題は、単なる不正受給や芸能人のイメージ崩壊といった問題にとどまらず、家族とは何かという問題が根底にあるのではないかと思う。

私自身は、援助は家族に対して行われるべき(今回の場合は河本さんが援助すべきで、十分な収入が得られている間は、生活保護を断るべきだった)と思っています。が、家族に対して援助をするならば「家族内で共有される価値観」が社会と対立したり、社会で成功するのに妨げになっている場合、社会は(国家は)、介入するべきではないかと思っています。ただ、どうやってどの程度かについて判断が出来ていません(それがなければ何も実施出来ないので決めたことにもならないのですが)。

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コメント

>家裁調停を申し立てる手続きを積極的に活用したい

離婚の慰謝料と一緒で、いくら家裁が○○円払えと決めても払われなければ、その親族は餓死するわけで。
取り立てまで、ケースワーカーの仕事になるのかしらん?

投稿: a | 2012年5月26日 (土) 17時01分

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