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2012年6月12日 (火)

簡単じゃない

簡単じゃない

中日新聞 社説:大阪の通り魔 みんな耐えているんだ
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2012061202000079.html

無差別凶行は許されないが、希望を失わせる社会はいけない。自殺対策と同様の視点に立って仕事や住居が不安定だったり、孤立無援だったりする人を支えることが通り魔を防ぐ一助にならないか。

とりわけ刑務所を出てから再び犯罪に走る人の七割は無職とされ、再犯率は仕事のある人の五倍という。国は出所者の社会適応訓練や職業紹介、身元保証などの手だてにもっと注力してほしい。

マスコミは、あるいはブログを書いている私は、簡単に「もっと注力してほしい」などと欠けてしまう。しかし、もの凄く難しい事を要求している。想像してみて欲しい。今回の事件の容疑者の経歴をもった人間をどうやって支える。中学校時代にグレて暴走族や薬物をやって刑務所帰り。

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私は様々な問題を考えるときに、身近な問題に置き換えて考えるようにしている。大きな問題のままでは実感がズレるから。一度は身近な問題に変換して考えて、その感覚を忘れないようにしておく。

例えば、生活保護の問題について「親戚の誰かが破産して転がり込んで来たら?」と考える。放り出して飢え死にされたら寝覚めが悪いし、かと言って贅沢を許すことも出来無い。提供するもの、要求するもの(ただゴロゴロされていたら腹立つでだろう。努力する姿勢を見せてほしいと思うだろう)。

考えるために様々な知識が大切な事に違いはないけれど「実感として、感情として」という部分を無視していては上手く行かない。

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私には、この種の人間を「支えること」の難しさを思わずにはいられない。支えることが犯罪の防止に役立つことは事実だろうけれど、とんでもなく難しい事を行政に要求しているのではないか。

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マスコミは(あるいは、私達外野の人間は)、時として、政治や行政に対して「正しいけれどとんでもなく難しいこと」を要求する。そして出来ないと攻め立てたりする。

それは政治や行政がスーパーマンであるかのような幻想を抱いていることを示してはいないか。

行政だって人間のすることだ。人間に出来ること以上のことは出来はしないのだ。

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