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2012年8月15日 (水)

痛みを記憶することは

痛みを記憶することは

毎日新聞:社説:終戦記念日に考える 体験をどう語り継ぐか
http://mainichi.jp/opinion/news/20120815k0000m070099000c4.html

ここで、戦争体験の風化防止というテーマに戻りたい。あの戦争が私たち国民を存亡の機に陥れたことは、戦争体験記録で見てきたとおりだ。他方で、アジア諸国に多大な損害と苦痛を与えた歴史も風化させてはならない。私たちが忘れても相手は語り継いでいくだろう。領土をめぐる緊張関係の底流には、その歴史認識問題が大きく横たわっている。自虐史観ではない、バランスある成熟した議論を作り上げたい。

戦争体験を愚直に語り継ぐこと。私たちにも可能な平和作りである。

交通事故にあって大怪我をした、その痛みを記憶しておくことは交通安全に役立つだろうか。それだけで交通安全対策は十分だろうか。

痛みを記憶するだけではなく、車の特性や交通ルール、飛び出しが起きやすい場所や前兆現象(ボールが飛び出すとか)を知ることも必要なことだ。いや、痛い痛い痛かった痛かったと繰り返し思い出すだけでは全く不十分であることは明白だ。

  *        *        *

「戦争体験を愚直に語り継ぐこと。私たちにも可能な平和作りである」

いわゆる平和教育は、語り継ぐこと以上のことを行っていないのではないか。それで良いとはとても思えない。

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