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2012年8月 3日 (金)

死者ゼロですから、それに勉強してますし

死者ゼロですから、それに勉強してますし

ダイヤモンド・オンライン:デモの参加者にも広がり始めた焦りと無力感   「脱原発」意識の二極化現象に覚える違和感の正体
http://diamond.jp/articles/-/22513?page=3

とはいえ、あの大惨事を思い起こして欲しい。昨年の3.11直後、国民はリアルに「生存の危機」を感じていた。止めどなく放射性物質を吐き散らす福島原発に対して、ぶつけどころのない怒りを感じつつ、見えない恐怖に震えながら街を歩いた。

国民全体が日常生活において、あれほど切羽詰まった気持ちになったのは、おそらく太平洋戦争以来の出来事ではなかっただろうか。「原発など即刻全て廃止すべき」という気持ちを、一時は多くの国民が持っていたように感じる。

それを考えると、わずかその1年半後に「脱原発」の賛否に関する意識が、以前よりもはっきり二極化しているように感じられることには、違和感を覚えざるを得ない。

私も事故直後は狼狽えました。子供と妻を疎開させる(実家に避難させる)ことも考えました。関東が本格的にダメになって脱出が始まると交通機関が混乱するので、早めに判断したほうが良いのではないかとか。

結局、避難はしませんでした(させませんでした)けれど。でも、恐怖感を持ったことは事実で「見えない恐怖に震えながら街を歩いた」とか「切羽詰まった気持ちになった」という言葉には素直に、そうだった、と言えます。

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でも、1年と4ヶ月たって、死者はゼロであること、健康被害が出そうに無いことが判って来ました。少なくとも私は自分なりに勉強して、そう判断しています。

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ですので、私は現状の「二極化現象」に「違和感を覚えざるを得ない」のではなく、当然の事と受け止めています。

其々が其々に事実を受け止め勉強し判断をする、脱原発か原発容認(維持)か意見を決めつつある。だから意見対立が起きる。

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そして、引用元の記事の筆者は、事故直後の雰囲気を元に意見を言っているけれども、当時から死者ゼロ健康被害ゼロと判っていたら、あの雰囲気は無かった。

避難ももっと少しで避難することによる死者数も少なくすみ、風評被害による自殺者も少なくてすんだのではないでしょうか。

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避難による死者は出ていても、放射能で死んだ人間はいない。事故直後の恐怖感と現在の状況。そういった事を良く憶えておかなければ、と思っています。

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コメント

デモの参加者にも広がり始めた焦りと無力感「脱原発」意識の二極化現象に覚える違和感の正体 ―【私の論評】生存の危機を身近に感じることのなかったニッポン人!!絶対などということがあり得ないと悟っていた日本人?

こんにちは。脱原発デモの参加者に無力感が広まっているそうです。これに対して、皮相的な見方として、デモをやっても政府の行動がいっこうに変わらないからというものがあります。しかし、私は根本的にはそうではないと思います。ニッポン人の多くは、今回の震災が発生して、原発事故が発生して、はじめて、絶対安全などということは到底あり得ないということを悟ったと思います。原発事故によって、完璧に安全神話が崩れたことは間違いありません。多くの人が、信じていたことが、そうではなかったこと、政府が正しいとか、間違いとか、原発の安全を司る組織がどうのこうのという前に、原発を推進するにしても、廃止するにしても、この世で何が絶対に正しいのかなどということはあり得ないということです。私は、社会事象を考えるときは、こういう呪縛から逃れるべきであり、そこから、新たな良い社会が生まれていくものと確信しています。そう思うのは、私だけでしょうか?あなたは、どうお考えになりますか?詳細は、是非私のブログを御覧になってください。

投稿: yutakarlson | 2012年8月 4日 (土) 09時41分

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