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2012年8月 6日 (月)

混ぜるな

混ぜるな

中日新聞 社説:ヒロシマに耳澄まし 原爆忌に考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2012080602000079.html

原爆忌。未来への希望をうたう平和宣言に、ことしも「脱原発」の言葉はないようです。もっとヒロシマを語ってほしい。私たちは耳を澄ましています。

3・11。言葉は瞬時に凍り付き、閉ざされた記憶が一気に溶けだしました。過去、現在、そして未来が重なり合ったとき、そこに何が見えたのでしょう。



夕暮れて、駅へ戻ると、足もとからか細いうめき声が聞こえてきます。あおむけに横たわる半裸の若い男性の胸のあたりに、小さな穴が開いていました。血の混じったあぶくと一緒にハエが一匹、そこを出入りしているのが見えました。その時に目にしたすべてのものが、廃虚と化した東北のまちに重なりました。残留放射能の見えない渦をかき分けて、親しい人を捜し歩いた長い一日の記憶が、です。

黒い潮の土煙のすさまじさに/広島の記憶が重なった/僕はテレビの画面で凍った(黒い津波)



ならばなおさら、核の怖さを知り尽くしたヒロシマの言葉と声を、もっとたくさん聞かせてほしい。ヒロシマの怒りやナガサキの祈りにもっと近づきたい。フクシマにも届けたい。

8・6。平和宣言に耳を澄まして、今はまだ言葉にならない何かを感じ、何かを始められるよう、ヒロシマに心を傾けます。

広島や長崎の原爆で人間を殺したのは、放射線や放射能よりも熱線や爆風、さらに吹き飛ばされた家屋の下敷きになったこと、さらに火災でした。放射線や放射能で数十万人が死んだのではありません。

東北の地震では最大の被害を(最も多くの死傷者を)出したのは津波であって原発事故ではありません。

  *        *      *

広島や長崎に心を傾けるのはけっこうですが、津波と原発事故をごたまぜにしていては、正しい判断はできません。

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