« 脱原発の副作用 | トップページ | マスコミに望むこと »

2012年8月 4日 (土)

比較が無いという事は

比較が無いという事は

琉球新報 社説:評価基準かさ上げ 不公正ぶりが暴露された
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-195091-storytopic-11.html

「空飛ぶ恥」とも形容されるオスプレイだが、言葉通り、米側の不公正ぶりを暴露している。配備を強行に進めようとすればするほど、米国は国家としての体面を失い、日米関係は毀損(きそん)される。日米両政府は一刻も早く配備中止を決定すべきだ。

基準変更は2009年のことだ。損害額100万ドル以上としてきたAクラスの重大事故の基準を、200万ドル以上に変更した。

海兵隊はオスプレイの重大事故の事故率を10万飛行時間当たり1・28件(11年時点)とし、海兵隊全体の2・45件より低いと強調してきた。だが基準変更後の100万ドル以上の事故は2件あり、これを含めると事故率は3・98件にはね上がる。米誌「ワイアード」が記す通り、「重大事故の比率を矮小(わいしょう)化する行為」と呼ぶほかない。

普天間へのオスプレイ配備が危険か安全と言う問題と米軍が道徳的かどうかという問題は別けて考えるべきです。基準の変更をして事故が起きていないように見せかけたとしても、それは米軍と米国国民の問題であって、私達にとって問題なのは、オスプレイが配備されることで危険が増えるのか減るのかということです。

基準の変更がオスプレイにだけ適用され現行機種は厳しい基準だったりすると大問題ですけれど、全ての機種に対して基準の変更が行われたのなら、現行機種の数字とオスプレイの数字を比べさえすれば良いのです。

  *        *        *

琉球新報を始めオスプレイ配備に反対の報道機関は現行機種の事故率を殆ど報道していません。この社説でもオスプレイの事故率のみです。

オスプレイの事故率が現行機種に比べて高いのなら、配備反対派は大声で報道するでしょう。それがないという事は、オスプレイの事故率は現行機種よりも低いのだ、と私は判断しています。

  *        *        *

事実に基づかない主張は、政治的・思想的に正しいけれど事実に基づかない要求は悲劇をもたらします。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 脱原発の副作用 | トップページ | マスコミに望むこと »

コメント

日本の国は、米軍に頼ることなく、日本軍で守れ。
そのうえで、相互に安全を保障すれば、日米は対等になる。
我が国は、虎の威を仮る狐であってはならない。
自分の力を示せ。力は正義である。(Might is right).

力がなければ、正義もない。単なる歌詠みである。ひ弱な花である。
他人に仕事を任せておいて、いちいちあれこれ言うのは不謹慎である。いつまでも、未成年の姿勢をとるな。
消去法を得意とする論客ばかりでは、総理の寿命も短くなる。筋の通った政治もできない。

未来社会の建設には、建設的な意見が必要である。
未来構文がなくては、未来の内容は過不足なく構築できない。
未来構文があれば、理想が語れる。無ければ、筋の通らない空想・空論になる。

日本語の文章には、未来・現在・過去の区別はない。
現在の内容は過不足なく考えられても、過去と未来に関してはそれができない。
日本人は、未来の内容に辻褄を合わせて語るのは得意でない。
最悪のシナリオなど考えられない。悪夢は常に想定外になる。
だから、有事の際の危機管理も破たんする。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2012年8月 4日 (土) 20時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/55350501

この記事へのトラックバック一覧です: 比較が無いという事は:

« 脱原発の副作用 | トップページ | マスコミに望むこと »