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2012年8月 5日 (日)

マスコミに望むこと

マスコミに望むこと

中日新聞 社説:リセットできない日本 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2012080502000065.html

政権交代から三年目の夏を迎えました。あれから日本はリセットできたでしょうか。原発再稼働や消費税問題をみると、何も変わっていないどころか…。



もう一つ。国会議事堂包囲デモがあった七月二十九日、日比谷公園でたまたま会った村井吉敬早稲田大学アジア研究機構研究員教授の言葉が耳に残っています。「三年前の政権交代でマスコミも変わるチャンスだったのに変われませんでしたね。なぜ変われないのか」

こう問われて「それは霞が関や永田町という取材源が変わらず、取材源との距離も取材方法も変わらないからです」と答えるのが精いっぱいでした。

いまマスコミ不信の声はあちこちで聞かれます。抗議行動はマスコミが「人々の声」を十分に伝えてこなかった裏返しでもあるでしょう。私たち新聞はどう変わっていくか。そこをしっかりと考え、行動していきたい。

マスコミに人々の声を伝えるなとは言いませんが、私は、それよりもマスコミには事実を伝えてもらいたい。例えばデモの参加人数です。主催者発表と警察発表の数字が、誤差とはとても言えないぐらい離れています。場合によっては10倍以上。

こんな場合、マスコミは主催者発表と警察発表の両方の数字を書いておしまいにすることがほとんどです(私は、警察発表の数字の方が正確と思うが、チェックをしてもらいたいと思う)。

  *        *       *

事実は、調べるのに金がかかる。

事実は、独自に調査した結果を公表すると責任が発生する。

事実は、政治的に都合の悪いことが多く、右にも左にも嫌われる。

最近の脱原発デモで考えてみます。参加人数を調査するのにお金(人件費エトセトラ)がかかる。主催者発表数字や警察発表数字を報道している限りマスコミには責任がふりかからない、けれど独自調査の発表をすれば責任がでてくる。そして真の数字はデモを主催した市民団体の不興を買うかもしれない、その結果、取材に影響が出るかもしれない。

  *        *       *

事実は面倒で嫌われるものです。政治的に正しくない事実を報道すると嫌われて取材に影響がでるし、政治的状況によっては(国によっては)生命の危険すらある。しかし、事実を伝えられない民衆は誤った判断をし誤った政権や政策を選択するだろう。

マスコミには「事実」を大切にしてもらいたい。

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