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2012年8月14日 (火)

成熟したにしては

成熟したにしては

中央日報 社説:成熟したコリアを見せたロンドン五輪
http://japanese.joins.com/article/437/157437.html?servcode=100&sectcode=110

量的な成果に劣らず目を引くこともある。スポーツの祭典に臨む韓国選手と国民の成熟した姿勢だ。過去には選手が金メダルを取れなければ罪人のように頭を下げなければならず、これを見る国民は勝者だけを記憶した。しかしもう選手は勝たなければならないという負担感から抜け出し、その間に磨いた自分の力を遺憾なく発揮し、国民もメダルの色に執着せず、メダルに届かなかった選手にも称賛を惜しまなかった。

人間生きていたら不満に思うことの1つや2つはあるものです。しかし、それを表に出して良い場所と良くない場所があります。いちど「最終的に解決した」としたら蒸し返さない我慢も必要です。

オリンピックで“独島はわれわれの領土”といったプラカードを持って走り回ったりすることは「成熟したコリア」とは言えません。仮に選手の行為は偶発的なものとしても、そういったプラカードをオリンピックという場に持ち込むという行為は偶発的とは言えません(持ち込んだのは選手ではなくても「韓国国民」でしょう?)。

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他国の事を悪くは言いたくありませんが、韓国には「我慢」とか「不満を表明する時と場所を選ぶ」ことを学ぶべきと思います。

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