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2012年9月15日 (土)

「命の選別」は不可避

「命の選別」は不可避

読売新聞 社説:出生前診断 「命の選別」助長せぬルールを(9月9日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120908-OYT1T01202.htm

胎児がダウン症かどうか、高い精度で分かる新型の出生前診断が、近く国内の約10医療機関で試験的に始まる。

最新の生殖医療技術が「命の選別」を助長するような事態は、避けなくてはならない。

安易な実施に歯止めをかけるため、日本産科婦人科学会などは、検査する際の基準を規定する指針の作成を急ぐべきだ。

「命の選別」をする事を前提に議論すべきだ。どんな選別なら良くて誰が決断するべきか議論するべきで、単に助長してははならないとなどと言うのは思考停止にすぎない。なぜなら、選別をしない事が不可能だからだ。

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まず、検査できる技術とお金があるのに、検査しないという決断をしたとする。これは、一見、命の選別をしていないように見えるけれど、2人目の(次の子供の)出産をしない(遅れる、難しくなる)ということで、1人目を優先し2人目の可能性を低めているという選択をしている。

「選ばない」というのも「『選ばない』を選ぶ」という選択なのだ。

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問題は誰がどんな情報をもとに決断し誰が責任と負担をすべきか、と言うことだ。

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2012-09-15 18:21 追記

こういった検査が特別なものではなくなって来ると、社会の側に意識の変化が起きるのではないか。検査が出来る前は、子供を持ちたいと願ったカップルは、運を天に任せるしかなかった。だから生まれた子供が障害を持っていたとしても、それは全員が共有するリスクだ。だから、たまたま障害を持って生まれてきた子供に対するサポートは全員が行うべきものであることは間違いなかった。

しかし、検査で判るようになってしまうと、検査をし(場合によっては)辛い判断をした人々は、障害をもって生まれた子供に対する援助をどうおもうだろうか。それは「全員で負担すべきリスクや負担」と思うだろうか。

私達は難しい決断を求められることになるだろう。

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科学が発展することを止めることは出来ない。

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