« お友達人事で何が悪い | トップページ | 民主主義とは自分の意見が通ることと同じではない »

2012年9月29日 (土)

正社員という無理な(仮想的な)存在

正社員という無理な(仮想的な)存在

しんぶん赤旗 主張:非正規雇用 正社員化が経済再生の基礎だ
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-28/2012092801_05_1.html

働く人がモノ扱いされ、使い捨てられる社会が発展するはずがありません。労働者派遣法や労働契約法の抜本改正など正社員雇用を当たり前とする働くルールの確立が欠かせません。財界いいなり政治と決別し、大企業に社会的責任をはたさせる政治への転換が求められています。

自分の娘や息子が就職するならバイトやパートや契約社員じゃなくて正社員であることを望むけれど、正社員という存在(身分?)は無理があると思っている。

考えてみてほしい。18歳~22歳で就職して定年である60歳から65歳まで約40年以上ある。私は50歳を越えたところだ、40年前は小学校の高学年だった。その当時に、現在の経済状況を予測できた人間が何人いるだろうか。私は、オイルショックを抜け出したころに就職した。そして不景気な時期とバブルとその崩壊を経験した。バブル後の停滞ももちろん経験している。

  *        *        *

そもそも40年も先のことを判る人間なんていない。だけど、学校を卒業したばかりの人間を正社員として雇うということは、40年以上に渡って雇う(仕事を与え、給料を払う)という約束をすることなんだ。

絶対、無理がある。

  *        *        *

私は、正社員であった時期が長いけれども、正社員だろうが何だろうが社会に需要のある技術を持って入れば失業なんてしない(勤め先が倒産することはあるかも知れないが、失業機関は長くなくてすむ)と思って働いてきた。

と言うか、そう信じていなければ、どうにもならない。

ひとつの会社が40年保つなんてことは滅多にないし。

  *        *        *

正社員至上主義から脱却するべきではないか。フリータや契約社員を不安定な雇用と非難しても始まらない。勤め先が潰れることもある、という前提で人生設計をするべきだし、勤め先が潰れた人間やリストラされた人間、イコール不幸な人間とならないような社会であるべきだ。

  *        *        *

だけど、公正に能力が計られる社会が実現してしまったら、そして、その社会で底辺になってしまったら、自分には能力が無いことになってしまう。それはそれで残酷な社会であると思う。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« お友達人事で何が悪い | トップページ | 民主主義とは自分の意見が通ることと同じではない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/55767643

この記事へのトラックバック一覧です: 正社員という無理な(仮想的な)存在:

« お友達人事で何が悪い | トップページ | 民主主義とは自分の意見が通ることと同じではない »