« 結婚というのは | トップページ | 他人に黙れと言う前に »

2012年9月12日 (水)

表現の自由とゾーンニング

表現の自由とゾーンニング

読売新聞:駐リビア米大使ら4人殺害される…領事館襲撃で
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120912-OYT1T01055.htm

武装集団は、米国で製作されたイスラム教の預言者ムハンマドを揶揄(やゆ)する内容の映画に抗議して領事館に押しかけた。この映画を巡っては、11日にはエジプトの首都カイロでも米大使館の国旗が燃やされる事件が起きた。

リビアからの報道によると、ベンガジでは、武装集団がロケット弾や自動小銃を乱射しながら領事館に乱入して放火や略奪を行った。

血が逆流してしまうような表現と言うものは存在する。ブログを書くようになってニュースに注意するようになって、以前よりも不快なニュースであっても最後まで読むようになった(ブログのネタになるし)。で、血が逆流してしまうようなニュースがあるというか言葉を吐く人がいることが良く判った。

  *         *        *

日本でならデモ隊が武器を持っていることはないし、警察もしっかりしているから、暴動になって人死がでることなんて可能性は極めて低い。

しかし、戦乱や内乱から時間が経っていない地域では、武器の回収もまだだだだろうし、武器の扱いになれている人々も多い。アメリカのように武器の所持を国民の権利として認めている国もある。そういった国や地域で血が逆流してしまうようなコンテンツを流したらどうなるだろうか。

  *         *        *

今回の襲撃はアメリカで作成された短篇映画がきっかけだったという。リビアで上映されたなどという報道を目にしないから、おそらく、リビアではインターネット経由で視聴されたのだろう。インターネットが普及する前であれば、リビアの人々は、問題の短篇映画を知ることもなく、襲撃も起こらず、命が失われることも無かっただろう。

  *         *        *

私はコンテンツは、作成する過程で他者を傷つけたり(例:実写の自動ポルノ)他者の権利を侵害(例:パクリ作品)しない限り自由であるべきだと思っている。どんなに不快なものであっても、表現の自由はあるべきだ(しかし、発表したら反論や批判がされることは覚悟するべき)。

しかし、同時に「目にしない権利」というもの守られるべきだ。見たくないものを見ない権利はあるべきだ。

イスラム諸国用、あるいは、キリスト教の国、様々な国々にそれぞれの国向けにゾーニングを行うことは出来ないものだろうか(実現は難しいだろう)。

  *         *        *

地球の裏側で、どんな神様を崇めていても、本来、関係ないはずだ。アメリカにとってもイスラム世界にとっても。賢いゾーンニングができなければ、私達は互いに信じている神様や主義や思想を理由に殺しあう事になるだろう(私達は異教徒や異質な者に寛容でも我慢強くもないのだから)。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 結婚というのは | トップページ | 他人に黙れと言う前に »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/55643845

この記事へのトラックバック一覧です: 表現の自由とゾーンニング:

« 結婚というのは | トップページ | 他人に黙れと言う前に »