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2012年10月 5日 (金)

「美しい」じゃなくて「みっともなくても」

「美しい」じゃなくて「みっともなくても」

毎日新聞:人権擁護大会・シンポジウム:「誰も死を選ばないで」 水谷さん講演−−日弁連 /佐賀
http://mainichi.jp/area/saga/news/20121005ddlk41040441000c.html

講演では、指導した生徒のエピソードを交えながら薬物の危険を訴えた。更に自傷行為や自殺を選ぶ青少年が増えていることに対して「美しき良きものを、大人たちが子供に伝え、誰も死を選ばない社会をつくらなくてはいけない」と呼び掛けた。

「美しき良きものを、大人たちが子供に伝え」ることに異論はないけれど、自分にとって必要だったのは、みっともなくても生きる方法、それを自分に許す方法だったような気がする。

  *        *        *

努力しなくて良いという事ではないし、良いものや美しいものが無いという事でもないし、講演者の水谷さんが美しくなければと言った訳でもないだろう。もしかすると、もっともなくても生きてゆけるし、その方法を言ったのかもしれない。

ありそうなのは記者が短い記事にする時に、様々なものをはしょってしまったという事だろう。

  *        *        *

でも、書かずにはいられない。

美しさを求めすぎるのは間違いだ。

みっともなくても、生き抜く、もがくことが大事だと。

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コメント

安倍首相が「美しい国へ」と言ったら、美しい国なんて抽象的で分からないの大合唱でしたね。

美しき良きものは分かるんでしょうか。

投稿: 八目山人 | 2012年10月 6日 (土) 10時39分

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