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2012年10月 8日 (月)

「全基地閉鎖」と「無慈悲な鉄槌」・「世界同時革命」

「全基地閉鎖」と「無慈悲な鉄槌」・「世界同時革命」

琉球新報:オスプレイ 県民投票を実施しよう 世界に訴えたい民意尊重
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-197804-storytopic-11.html

沖縄の空と陸の使い方、中でも住民の命にかかわることについて、沖縄の意向に従うのは当然のことだ。住民の意思を無視して日米が決めるのは許されない。今行うべき県民投票は、その当然のことを実現させる手段なのである。

日米両政府に警告したい。県民投票によってオスプレイは間違いなく否定される。「全基地閉鎖」も絵空事ではなくなる。崖っぷちにいるのはあなた方なのだ。

無理な要求や理想(幻想?)を主張する集団の言葉はだんだんでかくなる傾向がある。

身近なところでは北朝鮮の言葉だ。「無慈悲な鉄槌」とか「ソウルを火の海」とか、無限のなんとかとか。日本では、ちょっと古いけれど左翼の側から「世界同時革命」とか「そこで一機に」とか。出来るわけないのに。

これは特定の集団でのみ起きることではなく、無理筋な主張をしてしまって引き返せない、落としどころを見失った場合に起きることだ。

主張と現実とのギャップを埋めるために、あるいは要求しているものを誤魔化す為に、言葉がでかくなるのだろう。

私は、オスプレイ反対運動の側から出てくる「全基地閉鎖」という言葉に、北朝鮮の「無慈悲な鉄槌」や「世界同時革命」と同じニオイを感じる。

  *        *       *

オスプレイ反対運動には(少なくとも)2つの無理があった。

ひとつめは、安全性。

反対派の方々はアメリカ軍の出す数字(事故率)や言葉を信用しないかもしれないが、オスプレイはそこそこ安全な飛行機だ。少なくともアメリカ人がアメリカ人を乗せてアメリカ人の街の上を飛んでも大丈夫と判断するぐらいには安全なんだ。実際、オスプレイはアメリカの高官を乗せてワシントン上空を飛んでも大丈夫と判断されている(来年夏にはホワイトハウスのスタッフの移動用に使われ始める)。

ふたつめは、日本側の法的権限。

日米安保条約では、日本側にアメリカ軍の装備変更についてどうこういう権限はない。重要な装備については言うこともできるが、重要な装備とは核兵器レベルのもののことで、輸送機や戦闘機については範囲外だ。

オスプレイ反対運動は、理由でも権限でも無理があった。

  *        *       *

無理な要求・主張をして、実現できず、話がでかくなると、ますます実現可能性が無くなり妄想と化してくる。

「全基地閉鎖」の実現可能性はどれくらいあるんだろうか。

法的権限は?

強制力は?

人間の輪で囲んで、それで達成したなんて事にしたら笑われちゃうよ?

  *        *       *

話を大きくするんじゃなくて、落としどころを見つけて、少しばかりの実利を得ることへ方向転換すべきだ。

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