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2013年2月15日 (金)

弱者を救済したいなら明確化は不可欠

弱者を救済したいなら明確化は不可欠

産経新聞:教員の叱責もいじめ? “拡大解釈”危惧、自民の防止法原案見直し
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130215/edc13021501370000-n1.htm

原案では、いじめを「児童・生徒に対して一定の人的関係にある者が行う心理的、物理的な攻撃で、児童らが心身の苦痛を感じているもの」と定義。インターネット上の悪質な書き込みもいじめとされ、いじめと判断された場合、校長や教員は加害児童らに懲戒や出席停止などの措置を取ることができるとしている。

これについて、ある自民党関係者は「定義が曖昧で、被害者の受け止め方に左右されることになる」と問題点を指摘。「どんなに深刻ないじめを受けていても、報復を恐れる被害者が認めなければ、いじめと認定できない。逆に本人が主張すれば、被害妄想であっても、いじめとされ、無実の加害者を生む可能性もある」と危惧する。

なにが「いじめ」であるか明確でないと、いじめだと言った人間が利益を得ます。強ければば「いじめだ」と攻撃することができ、弱ければ告発できない。

何が悪いことなのか決まっていなければ、力関係で、あるいは言い負かすことの出来る者は利益を得て、言葉の弱い者は救済されない。

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「児童らが心身の苦痛を感じているもの」を防ごうとする動機は良いのですが、何がいじめかを曖昧にしたままでは、救済することは出来ません。

米国では全50州のうち49州で「いじめ対策法」が制定されているが、国立国会図書館海外立法情報課の井樋(いび)三枝子氏によると、内容は各州によって異なるものの、「お金を取る」「持ち物にいたずらする」などと、いじめ行為が細かく定義されている点は共通しているという。

別の関係者は「米国の法律ほど細かく定義しなくても、ある程度類型化しないと教育現場で混乱を招きかねない」と話す。

自民党は明確化しようとしているようです。その動きに賛成します。

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明確化することで価値観が表れる。価値観を明確にすると対立がうまれる。しかし、弱者救済したいのであれば、避けられないのだろう。

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