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2013年3月27日 (水)

当事者意識の欠如

当事者意識の欠如

沖縄タイムス 社説:社説[「辺野古」申請評価]この埋め難い溝は何か
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-03-26_47056

本社加盟の日本世論調査会が2010年、日米安全保障条約改定から50年の節目に実施した全国世論調査で、日米同盟について59%が「現状のままでよい」と肯定し、戦争放棄をうたった憲法9条は51%が改正する必要がないと答えている。

憲法9条と日米安保をセットにした安全保障政策は支持が高いことを示している。

だが、ここに危うい要素が潜んでいるのを指摘しなければならない。

日米安保体制はしばしば「ヒト(米軍)とモノ(基地)の交換」に例えられる。

日本は憲法9条と日米安保をセットにし、安保のコストを沖縄に強い、その利益を本土が享受するという政策を取ってきた。安全を米軍に委ね、本土と圧倒的な不均衡の形で基地を沖縄に集中させてきたのである。このため、国民の当事者意識が育ってこなかったのではないか。

当事者意識の欠如が完璧さを要求する場合があります。例えば、悪く出た場合の「教育ママ」です。親は、子供を教育する当事者ではあっても、子供の直面する現実の当事者ではありません。

中途半端に関わり、しかし、現実には直面しない。うまく行くと、ちょっと離れた位置からの客観的な意見を言えますが、悪く出ると、あら探しになります。

   *        *        *

沖縄県民も日本国民です。

当事者意識が欠如しているとしたら、沖縄県民も同じであると思えます。

沖縄は基地に直面する当事者ではあっても、軍事基地の果たす役割の当事者ではありませんから。

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コメント

西武鉄道等を巡る西武HDと投資会社のサーベランスの対立が、抜き差しならない段階のようだ。かつての、村上ファンドと阪神電鉄の対立と似た様相だが、「日米の企業経営の流儀の違い」などと、呑気なコトを言っているのは、TPPに「無条件参加」を謳う産経新聞(本日11面)。

産経新聞によれば、企業経営について日本は「公共性を大切にする」が、米国流は「収益性を優先する」らしい。お目出度いとはこのコトだ。第一に、これは企業経営の両面で、対立項で捉える問題では無い。次にサーベランスは、「投資会社」であって、露骨に言えば「錬金術を追求する」会社ということだ。

投稿: 村上 聖治‏@celiwengler | 2013年3月27日 (水) 13時55分

東京都内だったら横田基地に使用済み核燃料の保管乾式キャスクを置けばいいんだ。

そうしたら東京都民ももう少し本気で日本で原子力をどうやめるかということを考えるでしょう。

投稿: uon | 2013年3月27日 (水) 13時57分

一部貼り付け

<原発問題は放射能の危険・安全問題ではない>

 ただ、その本論を展開していく前に、一般的に認識されている、「原子力発電所は放射能をまき散らすから危険である」とか「原発事故で撒き散らされた放射能は安全なレベルだからすぐにでも原発を再稼働すべきだ」という議論について、考えなければならない。安全とか、危険という言葉で日本人全体がヒステリーになり、専門家でもない一般人が「安全・危険」論争を行うことに意味があるのか。

 これは「オスプレイは危険だから飛ばすべきではない」という議論と同じである。その「オスプレイは危険だ」という議論を配備反対派がすれば、とたんに推進派から「オスプレイだけが危険なのではない、他の軍用ヘリも事故を起こしている」という反論が用意されたかのように飛んでくる。そうではなくて根本的な問題はオスプレイが事故を起こした時に、日本政府がアメリカの事故調査に口出しが出来ないという、日米地位協定という不平等条約にある。「安全・危険論」は結局は、水掛け論になる。これは、原子力発電所の事故から放出された放射性物質がどの程度危険なのかを議論する場合でも同じである。


http://www.snsi.jp/tops/kouhou

投稿: 副島隆彦学問道場 | 2013年3月27日 (水) 17時12分

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