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2013年3月29日 (金)

江戸時代・明治時代、排外主義

江戸時代・明治時代、排外主義

アメーバニュース:細野豪志氏「自民党の保守と私の保守は立場が違う」
http://yukan-news.ameba.jp/20130328-317/

細野氏は明治以前の日本について、日英修好通商条約を締結するために来日したエンギン卿の個人秘書であったエリファンの言葉を引き合いに「当時の日本人は、共同体と自らを一体のものと捉えていたのだと思います」と説明。「描かれている日本人は、同胞に対してはもちろん、外国人に対しても寛容でおおらかです」と続け、このような精神を下地にし、「わが国の進むべき方向を提示したのが『新しい公共』という考え方です」と説明する。

江戸時代の日本に外国人は何人くらいいたのでしょうか。人口の何パーセントだったのでしょうか。いわゆる鎖国をしていたのですから、はてしなくゼロに近い割合だったのでしょう。

もちろん、朝鮮通信使などで交流もありましたし、密航や密貿易がゼロとは思いませんから、日本に外国人がいなかったとは思えませんが、その割合や絶対数は現代とくらべて圧倒的に少なかったと言えるでしょう。

江戸時代の人々、特に一般庶民は、物語の中でしか中国人や韓国人を知らなかっただろうし、南蛮人にしてもお話でしか知らなかったでしょう。

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風俗習慣や宗教が違う人々や文化は、遠くにあると憧れるし、ごく少数の人々しかやってこないなら寛容にもなれます。

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嫌韓になったきっかけが日韓共催ワールドカップであるという話は、時々、目にします。それまで、韓国の事をニュースや教科書の中でしかしらなかった人々が、韓国のサッカーファンの振る舞いを知るようになる。身近な存在として、生きている人間として、韓国人を現実的に感じた大きな出来事であったのです。

そして、嫌韓になる人々が増えた。

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文化の異なる人々が、庶民レベルで濃密に接触すれば軋轢は避けられません。

江戸時代にはそんなものはありませんでした。開国した明治時代になって、庶民レベルでの接触が増大した。朝鮮半島を併合し、第二次大戦を経て、日本に在日朝鮮人・在日韓国人が増え、ますます増えた。中国が改革解放を行い、庶民レベルの人々も日本に来るようになった。

中国や韓国と庶民レベルで接触する量が増えれば、それだけ軋轢が増えます(それを上書きするシンボルが無ければ衝突するのは避けられない。「地球市民」じゃ弱すぎる)。

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江戸時代の日本人は(庶民レベルでも)排外主義的ではなかったでしょう。しかし、その時代に戻ることは(同じような条件になることは)不可能です。

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コメント

最近の記事から 拝見しています。
輸出 輸入の島国 日本 未来は どうなるのだろうか
TPP問題は どうなるかなぁ。日本農家 漁業は やめてしまうだろうか。失業者問題。
韓国車 中国車の画像を 時どき 見ます。~
ある記事で 日本は アメリカ合衆国に なればいいというのも 読みました。安易に 私は 英語が しゃべれないけれど おもしろいかなぁと 思いました。
日本企業の外国企業との合併 農家 漁業の海外合併~
平和な地球になれるかなぁ。軍事費~
過去 戦争による 領土の中の 在日関係~
政治研究会(名前検討中

投稿: イン ザ 村石太 | 2013年3月30日 (土) 09時07分

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