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2013年4月22日 (月)

あんたも謝るんですけど、気がついているのでしょうか

あんたも謝るんですけど、気がついているのでしょうか

毎日新聞:発信箱:「一億総ざんげ」との闘い=栗原俊雄(学芸部)
http://mainichi.jp/opinion/news/20130417k0000m070128000c.html

たとえば東京大空襲、あるいはシベリア抑留の被害者たちは80歳を過ぎて今もなお、国に救済をもとめて裁判を闘っている。いずれも2審まで敗訴で、受忍論が壁になった。今、最高裁の審判を待っている。金のためだけではない。抑留経験者の一人は法廷で、「ひと言で言えば謝ってほしい」と話した。国が始めた戦争でたくさんの仲間が死んだ。間違っていたことを認めてほしい、という気持ちで、彼は法廷に立った。

「戦争で被害にあった国民みんなに、国はできる範囲で補償をしなさい」。そうした「勇気」ある判決が、いつか書かれるだろうか。

日本は民主国家で日本国民は主権者であり、日本という国が「謝る」とき日本国民も謝っている。というか日本国民が謝っているのに等しい。

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戦前の日本が民主国家だったかどうか議論があるけれども、私は「それなりには」民主国家だったと思っている。いちおう普通選挙を行っていましたから。

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戦前の日本が民主国家であっても、あるいは独裁国家であっても、いまの日本は戦前の日本を引き継いでいる。何かを引き継ぐとき、自分にとって都合の良いものだけ引き継ぐという訳にはいかない。

戦前の日本が完全に正しくて誤りが無かったなんて言うつもりはない。当然、間違いも失敗もあるだろう。その国を私達は引き継いだ。

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「抑留経験者の一人は法廷で、『ひと言で言えば謝ってほしい』と話した」

この抑留経験者もこの記事を書いた記者も日本国民だろう。ならば、貴方たちは日本国が謝るとき貴方たちも謝るのだ。賠償するとき貴方たちもお金を払うのだ。

その事に気がついているのだろうか。

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民主国家では、ある意味、「一億総懺悔」以外の選択肢は存在しない。国家の継続を維持するのであれば他の道はないのではないか。

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コメント

この事は地方行政にも当てはまりますね。
自治体が補助金を請求する相手は外国ではなく、自分自身も是金を納めている我が国の政府なのです。
いずれにしても、そのメンタリティはさながら自国の政府をよそ者と見なしていると言う事ですな。

投稿: DUCE | 2013年4月23日 (火) 07時32分

日本人は知らない?  日本に滞在する学生で、現に中国の居住者である者又はその滞在の直前に中国の居住者であった者が、その生計、教育のために受け取る給付又は所得は、免税とされます(日中租税協定第21条)。
外国人優遇策のほんの1例です。 http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/gensen/06/62.htm …

学費の捻出が困難で進学を諦める日本人も少なくないのに、外国人留学生への返還不要な生活費の援助や給付型奨学金制度(うち八割が中韓の留学生)中国人留学生の非課税制度はおかしい。ちなみに日本人学生には奨学金の返還義務がある。日本人学生に対する逆差別?だいたい皆さんこの事を知ってました?


皮肉にもネットでこのところ話題にさせて頂いてるが、あえて私の声をキー局が吸い上げない不思議。日本の主なメディアは同じ圧力と勢力下にあり、一辺倒の体制を固持し、視聴者の知る権利を奪っている。都合の悪い事は報道しない自由。自らの信頼を損ねオワコンへ成り下がってもその姿勢を変えられず…

投稿: フィフィ‏@FIFI_Egypt | 2013年4月23日 (火) 14時40分

4月21日
① 宇野常寛さんの『日本文化の論点』が面白かったので、続けて『ゼロ年代の想像力』を読み、さらに『リトル・ピープルの時代』を読んでいる。私は1935年の生まれだが、そのほぼ15年後に生まれた村上春樹(私は一冊も読んでいない)の作品分析がとりわけ興味深い。

② 1935年生まれの私は、10歳で軍国少年から民主少年への転換を経験し、大いに混乱した。さらに20歳のころ、日本共産党の暴力革命路線の自己批判とスターリン批判によって、共産主義に幻滅した。だから、60年安保にも、60年代末の「政治の季節」にも「デタッチメント」を通した。

③60年代の私に大きな影響を与えたのは、オーウェルの『1984年』よりも『動物農場』だった。あらゆる政治革命の道は動物農場に通じていると確信させられたのだ。私にとっての「政治の時代」は、1945-60年で終わり、石油危機までの次の約15年が「経済(近代経済学)の時代」となった。

④その「経済の時代」は1975年ごろに終わって、その次には「文化の時代」がきたと思った。それは「ゼロ成長」と「日本再発見」の15年になるかと期待していたが、実際はバブル経済と驕り高ぶった日本人が世界中で引き起こした「ジャパン・プロブレム」の15年になった。

⑤さらにその次の15年(90-05年)は、1980年当時の私の予想では「混乱と紛争の時代」になるはずだった。そしてようやく新しい「政治の時代」(05-20年)が再び始まるだろう。これが当時の私の「60年周期説」だが、いま振り返ってみると、この見通しはほぼ当たっていると思う。

⑥この観点からすれば村上春樹の世代(全共闘世代)は、60年安保に遭遇した10歳前後で政治の時代から経済の時代への価値転換を経験し、20歳前後で新左翼思想や運動に幻滅したことになる。この見方を『リトル・ピープルの時代』のp.161にある年代表と比較対照してみると興趣は尽きない。

投稿: Shumpei Kumon‏@kshumpei | 2013年4月23日 (火) 18時30分

裁判しているんですか。変態新聞が言うからアレなだけで、
「軍が政治を牛耳った」のなら民主的ではないですし、軍国主義者の戦争翼賛で国民が犠牲とやらで、文脈的に無理ではないんでしょうね。
私が好きな文脈ではないんですが。(あれ?被告は現在の日本国?)

戦中の「軍国主義化」を「戦時体制ですよ」ってさらっとテレビで言った歴史の先生がいらっしゃいまして、そうか!と思って聞きました。
個人的には軍国主義呼ばわりが何か嫌でして、でもそうしたら昭和天皇に責任が、で、えらい事になって、いつも思考停止して終了です。
自分の意見を持つ道は険しいですねw 話が違ってすいません。

投稿: ohsui | 2013年4月26日 (金) 17時46分

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