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2013年4月 9日 (火)

排外主義じゃないけれど

排外主義じゃないけれど

サーチナ:元地方官僚が語る、日本との民間友好の大切さ=中国メディア
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0408&f=politics_0408_003.shtml

冷え切ったように見える現在の日中関係について張氏は、「日本人は聡明で善良。第2次大戦の教訓から戦争を望んでいない」としたうえで「われわれは、日本人の中国に対する親近感が大きく下落したことで、『日本人は中国と友好関係を保ちたくないのだ』と考えてはならない。この現象は表面的なものなのだから」と主張した。

そして、「日本の右翼政治家が多くの人を巻き込もうとしているが、互いに触れ合って理解を増すことで初めて多くの問題を解決できる。日中の民間友好を、尖閣問題を理由に隔絶させてはならない」と結んだ。

ふたつばかり、

ひとつめ、「互いに触れ合って理解を増すことで初めて多くの問題を解決できる」かもしれないけれど、新たな問題も発生する。距離があれば気にならないことでも、触れ合えるぐらいに近づけば、我慢出来なかったりする。単純なこと、例えば、ゴミ出しの仕方や話し声の大きさのようなつまらない問題で感情的対立になってしまったりする。

触れ合えば、理解すれば、友好関係を築けるというのは、幻想に過ぎない。それは必要なことかもしれないが危険なことでもある。

ふたつめ、中国のドラマでの日本の扱いについて。中国でのメディアの状況は判らないけれど、日本語で読める範囲で判断すると、中国での抗日ドラマは史実を無視した荒唐無稽なもののようだ(レコードチャイナ:荒唐無稽すぎる抗日ドラマ、武侠小説のヒーロー降臨で日本兵数百人を瞬殺―中国 )。

ウルトラマン(古い!)で言えば、怪獣役を日本が延々とやらされているようなもの。

別に抗日ドラマを禁止しろとは言わないけれど、この状況は日本の感情を傷つけてしまうのではないか。

そして、中国のことを知りたいと持った日本人なら、大して努力することなく知ってしまえる。つまり日中の交流が進めば進むほど、対立要因になってくる。

  *        *        *

自分は自分のことを排外主義者とは思わないけれど、適度な距離感が必要なのではないかと思うのだ。

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コメント


朝鮮半島は歴史的に「クジラに囲まれたエビ」と呼ばれるほど、列強の侵略を受けてきました。

この悲しい歴史の性(さが)からの教訓や反動から、今の北朝鮮も被害妄想で大国に対峙する気質が強いように思えます。

→孤立感で被害妄想に駆られる北朝鮮 http://on.wsj.com/Xpf7CJ

投稿: 後藤浩祐 Kosuke Goto‏@KosukeGoto2013 | 2013年4月 9日 (火) 15時51分

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