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2013年8月24日 (土)

美しい言葉の裏に

美しい言葉の裏に

朝日新聞 社説:教科書選び―教委の介入は要らない
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

教科書を使う生徒や先生にとっては、大事なのは、古代から現代までの歴史全体が正確に分かりやすく書かれているかどうかだ。この教科書を希望していた学校も、国旗国歌の記述で選んだわけではあるまい。

この一文だけを目のかたきにして採択の選択肢から排除する教委の方がおかしい。

神奈川の教委は28校の校長に「採択の際に校名が明らかになると、さまざまな団体が来て混乱が起きる可能性がある」と伝えていた。強い不安を覚えた校長もいるだろう。

教委が政治的な圧力を恐れて判断を左右することがあってはならない。「圧力次第で教育を振り回せる」という誤ったメッセージにもなりかねない。

教育の中立を守りぬくという原則が問われている。

「中立」だなんて言っても誰かが判断し誰かが行動しなければならない。結果として誰の判断を尊重することを要求しているか、それは信用できる相手なのかを考える必要がある。

教育委員会の介入を拒否して誰の判断を尊重するのか。それは学校現場だ。学校現場の教師だ。

   *        *        *

現場は大切だけれど、現場の意見を何でも聞くことが現場を大切にすることではない。

   *        *        *

「中立」「公正」などという言葉、聞こえの良い言葉で説得された時に考えなくちゃならないことがある。それは、結果として何が起きるのか、具体的に何が起きるのかだ。

「愛国心」や「人権」もそうだけれど、愛国を言いながら私益を求める者が非難されるように、「中立」を主張しながら特定の立場の人間に判断させようとするのも非難されるべきだ。

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コメント

>神奈川の教委は28校の校長に「採択の際に校名が明らかになると、さまざまな団体が来て混乱が起きる可能性がある」と伝えていた。
>強い不安を覚えた校長もいるだろう。

いろいろな団体からの抗議を実際にされたのではなく想像しただけで怯えた校長の不甲斐無さを、朝日は批判するのが、筋。
校長が教科書採用を貫けば、朝日が言うところの教委の関与は無になり、政治介入なしの「教育の中立」が守られたではないか。

教委だけを悪く言うのは、中立でない。

投稿: a | 2013年8月24日 (土) 08時33分

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