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2013年8月 4日 (日)

尊厳は判らないが

尊厳は判らないが

毎日新聞 社説:動物でヒト臓器 人間の尊厳保つ研究を
http://mainichi.jp/opinion/news/20130804k0000m070082000c.html

政府の総合科学技術会議の生命倫理専門調査会が、ヒトの細胞を動物の受精卵(胚)に入れ、動物の子宮に戻して育てる研究を認める見解をまとめた。ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用い、動物の体内で移植用にヒトの臓器を作製する研究などに道を開く決定である。

研究が進めば医療に飛躍的な進歩をもたらす可能性があるが、ヒトの細胞が混じった動物の作製は、人間の尊厳を冒すこともあり得る。動物愛護に反するという考え方もあろう。研究を容認するにしても、情報公開を徹底し、社会の理解を得ながら慎重に進める必要がある。

人間の遺伝子が混ざった動物が出来てしまうことが、人間の尊厳を傷つけると言うのはよく判らない。けれど、人間の遺伝子が混ざった動物は「人間ではない」と言いきれるのか、とか、動物の遺伝子が混ざってしまった人間は「ほんとうに人間なのか」という疑問が生じかねないことは判る。

そうなった時、さまざま社会的問題が起きるだろうことは判る。

たとえば、「人間の遺伝子が混ざった動物に」人権を認めるのかどうか。どこまで人間の遺伝子があれば「人間」なのか。

  *        *        *

科学は発達する。誰にも止められない。禁止したところで、いつかどこかの誰かがやってしまう。

私達は動物と人間の遺伝子が混ざった生物を目にすることになるだろう。その時、それを人間とあつかうのかどうか。

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コメント

人間同士の移植が一番良いが、ドナーが不足している。
となると、異種移植となる。
今、一番注目されている異種が、豚だ。

だが……。

人間同士の移植でも拒絶反応を起こす。
ましてや異種移植では、もっと激しい。
人間のDNAは人間と認められないものは、拒絶反応を起こす。
人間というDNAは、簡単には移植を受け入れない。
逆に言えば、受け入れてもらえた移植臓器は人間であるということにもなる。
たとえ異種移植であっても。

故に、異種移植は、DNAの判断に任せれば良いと思っている。

移植で豚のDNAが混ざっても精子卵子の遺伝子を変化させたわけではないので遺伝しない。
人間と豚のハイブリッドは生まれない。


問題はその先にあるものだ。
人間の尊厳ではなく、動物の尊厳だ。
命とは?だ。
人間を救うために動物に人間に合う臓器を作らせて、その臓器を取り出すとその動物は死ぬとする。
人間は人間の命を救うために動物の命を取っていいものだろうか?
食(しょく)は動物の命を頂いている。
しかし、それは食物連鎖の中でのことだ。
臓器移植のための動物の屠殺は、殺人とどう違うのだろうか?
人を殺すのではないということで、許されることだろうか?
そこまでして人の命を救う必要があるのだろうか?
尊厳云々より、命とは?、延命とは?、天寿とは?を議論したほうが良いのではないか。
宗教家の出番である。

投稿: a | 2013年8月 4日 (日) 09時58分

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