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2013年10月15日 (火)

そのパンはどうやって作るんだよ

そのパンはどうやって作るんだよ

NEWSポストセブン:やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと
http://www.news-postseven.com/archives/20110503_18844.html

やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。

アンパンマンの原作者のやなせたかし氏がお亡くなりになりました。謹んで哀悼の意を示すと伴にご冥福をお祈り申し上げます。

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アンパンマンは好きなアニメのひとつで、子供が小さかった頃には、親子で見たりもしました。やなせ氏の作家としての能力は高く評価いたしますが、彼の政治的な立場については、賛成しかねています。

引用した記事を読んで、そのパンは誰がどうやって作るんだよ、と思わずにはいられないのです。その事に対する答えがないままの「飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても『正しいこと』には変わりません」と言われても、ああそうですか、としか思えないのです。

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日本の政治で、特に野党側の政治家に足りないものは、正しい目標や理想を語ることではなくて、実現する方法を考え提案する能力なんだよね。

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アンパンマンで一番好きなのはエンディングで流れた「アンパンマンのマーチ」という曲です。その歌詞をちょっとだけ引用します。

なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ

わからないままおわる そんなのはいやだ!

迷った時にくちずさんでしまうフレーズです。くちずさんでも答えは出ないのだけれど、悩む考える決断する時の原点であると思います。

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すばらしい作品をありがとうございました。謹んでご冥福をお祈りいたします。ゆっくりおやすみください。

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コメント

アンパンマンには本当に感謝ですね。

投稿: 頭痛アドバイス@吉野 | 2013年10月15日 (火) 23時42分

日本人で『アンパンマン』を知らない人は、ほとんどいないのではないでしょうか?

ガンダムやエヴァももちろん、日本文化の一翼を担っているとは思いますが、『アンパンマン』は目に見えないもっとも心の基礎の部分に、多大な影響を及ぼしているのではないかと思います。

今回は、やなせたかし氏に哀悼を意を表明して、『アンパンマン』の特集を組ませて頂きました。

というのも、案外知られていませんが、岡田斗司夫は『アンパンマン・マーチ』の歌詞の大ファンなのです。

書籍や講演会などでも、何度も引用しています。

http://blog.freeex.jp/archives/51401211.html

投稿: やなせたかし追悼特集 | 2013年10月16日 (水) 02時10分

>困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為

この精神を日本人の美意識の中心に据えることは、大賛成。
子供を育てる原点にするのは、いいでしょうね。

ただ、これはね。
「どうぞ」と「ありがとう」がセットになった正義だから、
「くれるを幸い」という人に通じるでしょうか?
絶対的正義とおっしゃるけれど、
やっぱり同じ価値観の間での正義じゃないかって思っちゃう。

投稿: a | 2013年10月16日 (水) 08時49分

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