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2013年12月 5日 (木)

政治的正しさと

政治的正しさと

読売新聞:原爆症認定最終報告 被爆者に落胆
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagasaki/news/20131204-OYT8T01548.htm

原爆症認定制度の見直しについて議論してきた厚生労働省の検討会が4日まとめた最終報告。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が求める抜本的な改正に否定的な見解が示されたことに対し、県内の被爆者からは落胆と憤りの声が聞かれた。



長崎市の田上富久市長は「行政と司法の乖離が埋められないままとなったことは大変残念。政治的判断によって制度の改善を図っていただくよう国に要望を行っていきたい」とのコメントを出した。

「原爆症」というのは科学的な言葉というより政治的な言葉なのでしょう。だって「政治的判断」によって、原爆症だったり、そうでなかったりするのですから。

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被爆後70年もたって、原爆症と認める必要があるかどうか、疑問に感じています。被爆を特別なものととらえるよりも、医療行政一般の課題とすべきなのではと思います。たとえば心筋梗塞なら被爆の有無で区別するのではなく心筋梗塞として治療と援助の対象とすべきです。

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嫌なのは、救済の為の政治的判断が、世間一般で科学的事実と受け取られてしまうことです。たとえば被爆後70年たって発症した心筋梗塞を、救済の為に科学的根拠なしに原爆症と認めたとして、そすうすると、原爆は70年たって心筋梗塞になると信じる人々が出てこないでしょうか。

政治的配慮で科学的根拠なしに決定する。その決定を科学的根拠があると信じて行動する人々がでてくる。

それは良いことには思えません。

政治的配慮も悪いとは思いませんが、科学的根拠がないことが判るような名称をつけることが出来れば良いのにと思います。

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