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2014年3月 5日 (水)

政府の解釈であることを忘れるな

政府の解釈であることを忘れるな

BLOGS:解釈の変更で「骨抜き」にされる憲法9条│阪田雅裕さんに聞いた(その2)
http://blogos.com/article/81685/

南部

そうすると、現時点ではそれが事実上、唯一と考えられる歯止めになるわけですね…。通常の憲法改正のように、国民投票が予定されているわけではないですし。時の政権による自由な解釈変更を認めれば、政権が変わるたびに解釈変更が繰り返されるということにもなりかねませんね。国会の憲法改正発議要件を緩和するべきとの議論と、同じようなことが懸念されます。国会、国民によるチェック、歯止めが効かないことが本当に問題です。

安倍さんが行おうとしている憲法解釈の変更は、三権分立の一つである政府(行政)が憲法の条文をどう解釈するかということえを変更しようとしているにすぎない。

つまり政権交代があれば変わってしまって当然のものではないか。そう考える私にとっては「政権が変わるたびに解釈変更が繰り返されるということにもなりかねませんね」という批判は、批判になっていない。

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憲法解釈の最終的な決定権は最高裁判所にある。それを忘れてはいけない。憲法九条ではないが、政府の行為や法律を最高裁判所が違憲とし、政府がそれに従ったことは何度もある。政府の憲法解釈が気に入らない人間は裁判を起こすだろうし、その結果、違憲とされたら政府は従うだろう。

しかし、現在の議論は、まるで行政府が憲法解釈の最終決定をするような雰囲気でおこなわれていないか?

安倍さんは、あくまで行政府の長として行政府の解釈を変えようとしているにすぎない。

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「国会、国民によるチェック、歯止めが効かないことが本当に問題です」

安倍さんは国会によって行政府の長(首相)として選ばれた人間だ。そして、国会は安倍さんを内閣不信任案を議決することで罷免できる。国会のチェックや歯止めは効いている。国民は国会議員を選挙で選んでいる。国民のチェックも行われている。

この状態を越えたチェックや歯止めを求めるのであれば、直接民主制や国民投票の簡便化(憲法改正の発議の要件を緩めて、例えば集団的自衛権を明確に禁止する条文にする改正を国民投票できるようにする)しかないのではないか。

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どうも、護憲派の言葉は昨日と同じ明日が続くという保守的(守旧的)な変化を嫌う雰囲気がして好きになれない。

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コメント

左翼の好きな人権の定義も時代とともに変わってきたでしょ。
禁煙席を設けるなんて人権蹂躙と言っていた時代もあったじゃん。

投稿: a | 2014年3月 7日 (金) 07時24分

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