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2014年4月27日 (日)

最後は「人」だから

最後は「人」だから

朝鮮日報:【コラム】セウォル号沈没の無能な共犯者
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/26/2014042600739.html

旅客船「セウォル号」沈没事故に関し、無能さの順番を付けるなら、海洋警察、海洋水産部(省に相当、以下同じ)、安全行政部、警察、海軍、首相室の順になるだろう。「80人救助すれば大したものだ」と自慢げに語った海洋警察の幹部、行方不明者の家族の前で記念写真を撮ろうとした安全行政部の幹部、自分たちの管轄ではないと言い張った警察。国家安全保障室は「災害に関する司令塔ではない」という大統領府の釈明も、的確な政治判断ができない無能さを示す発言といえる。

熱心に、と言うほどではありませんが、この沈没事故関連のニュースには注目しています。事故原因や救助の状況、そして対策などです。様々な部門や制度が非難されています。そういったこと、主因以外の部分もチェックし改善することを否定はしませんし、するべきだと思いますが、なんだか、もっとも大事な部分が欠けているように思います。

  *        *        *

事故にかぎりませんが、安全や品質を保つのは「最後は人間」です。高性能な機械を導入しても使う人間がドジならどうしようもありません、法律や制度を作っても運用するのは人間です、腐敗していたりしたら意味がありません。いろんな意味で、最後は人間、なんです。

今回の事故でいえば、「船長」です。船長が避難指示を出していれば、ここまでの惨事にはなりませんでした。

西日本新聞 社説:韓国船沈没事故 安全対策を再点検したい
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/84176

なぜ、こんな大惨事となってしまったのか。家族らの心情を考えると、本当にいたたまれない気持ちになる。

管制センターの交信記録によると、事故後に船側は「船員はブリッジ(船橋)に集まっている」と報告していた。船内を知り尽くす乗組員が乗客を残したまま、最も脱出しやすい場所へ移動していたことになる。乗組員の避難誘導に重大な問題があったのは明白だ。

航海士ら操船を担う乗組員15人全員が救助された一方で、高校生の救出率が23%にすぎないことが、このことを如実に物語る。

韓国の報道(日本語版)を見ていて、なぜ船長は逃げたか、逃げない船長を育てるにはどうしたら良いかという視点を感じられません。最後は人間、なんです。その視点が欠けているかぎり、こういった惨事は根絶できないでしょう。

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