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2014年4月 2日 (水)

説教臭いのは嫌い

説教臭いのは嫌い

中日新聞 社説:STAP不正 科学への誠実さ忘れず
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2014040202000095.html

「STAP細胞」の論文に捏造(ねつぞう)と改ざんがあったと理化学研究所(理研)の調査委員会は最終報告で結論づけた。だが、研究の根幹にかかわり最も知りたい疑問には答えていない。
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しかし、最終報告は本質的な疑問に答えていない。STAP細胞が存在するのか、研究室でどんな実験が行われたのかが不明だ。
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管理を強化しても完全に不正を防ぐことは難しい。研究の自由さが制限されれば、逆に若手研究者の意欲を損ねてしまう。

最終報告は、不正の背景に「研究者倫理とともに科学に対する誠実さ・謙虚さの欠如が存在する」と断じている。

科学研究は先人の蓄積があって成り立つ。研究者一人一人がそれをわきまえ倫理観を持つことでしか不正を防ぐことはできない。

倫理観が不要とも不正してもかまわないとも思わないけれど、科学の正しさは倫理観ではなくて、科学の仕組みそのものによって担保されている。今回のSTAP細胞の騒ぎだって、倫理的に優れた人が発見したとかではなく、論文そのものを検証する過程で発見されたものだ。

科学の世界は論文や実験結果を相互に確認しうあうことで成り立っている。

不正をなくすには倫理観が不可欠だろうけれど、相互に確認しあうこと、再現実験で確認することでミスや不正を発見することの方が、科学の発展に大事なのだと言いたい。

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今回の事件は科学への信頼感を損ねていない。結果として、短期間で誤りを発見したのだから。

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