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2014年6月19日 (木)

奈良新聞:金曜時評 小さな命守るには
http://www.nara-np.co.jp/20140606093934.html

昔は良かったなどと安易に礼賛はしない。ただ、都市部でさえ、ある意味あけすけで、互いに補完し合った近所との関係は、虐待を深刻な結果に至らせないセーフティーネットだったようにも思う。

だが、現代人はより個を優先する道を選んだ。国もその方向を法で追認してきた。現在の社会環境が児童虐待の深刻化に対応できないのなら、それを補う施策を求めるのは間違ってはいまい。相談員ら担当者の権限の拡大▽家庭訪問の際の警察との連携強化▽人員増を含む一人当たりの担当家庭数の規定―といった基本的方針は法制化してもおかしくはない。

自由を求めることを否定なんて出来ない。けれど自由は得られなかったという結論になりそうだ。

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昔のコミュニュティにも負の側面というか、息がつまるようなことがある。生まれてから死ぬまで同じような人々と暮らす。互いに秘密を持たない(持てない)で暮らす。それは安心であると同時に拘束・しがらみ・プライバシーの無さでもある。現代の歴史は、そういったものから自由になる歴史でもあった。

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人々がプライバシーや自由を獲得した結果、児童虐待が問題になり、虐待による悲劇を防ぐ為に、行政が家庭に(個人の生活に)干渉してくるようになった。

おじさん・おばさん・近所の人々による監視と干渉が無くなったと思ったら行政による監視と干渉が出てきたわけだ。

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結局、人々の自由は増えた(増える)のだろうか。

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コメント

女性議員に対して「早く結婚しろ!」「子どもは産めないのかっ!」と野次を飛ばす、最低最悪の議会へ
http://otokitashun.com/blog/togikai/3598/


女性の社会進出を推進する自民党安倍政権の都議会がこれじゃあ....

投稿: meru | 2014年6月19日 (木) 11時47分

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