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2014年6月 5日 (木)

憲法は国民のものと言いながら

憲法は国民のものと言いながら

47NEWS:日めくり  05月15日の日めくり
http://www.47news.jp/47topics/himekuri/2014/05/post_20140516005521.html

そして憲法を頂点に頂く立憲主義の一番重要な点は、憲法は何よりも国家権力を縛るためにあるということ、言葉を変えれば、憲法は私たち国民のものであり、国家権力のものではないということだ。

憲法は国民のものだそうだ。でも、日本国民は日本国憲法について投票をしたことは一度もない。

  *        *        *

日本国憲法は、被占領下という国家主権・国民の主権が制限されているという異常な状況で、明治憲法で規定された帝国議会で審議され承認され成立したのだ。そして、その日本国憲法について日本国民が投票をしたことは一度もない。

内容の是非や賛否は別にして、日本国民が直接の審判をしたことがない日本国憲法。それを「憲法は私たち国民のもの」と言うのは、いささか滑稽ではないかと感じる。

  *        *        *

現在の政治状況では、憲法改正は発議すら不可能だ。憲法は変えられないもの、国民の多くは憲法改正や国民投票を非現実的なものと思っていることだろう。

国民の審判を得ることが出来ない日本国憲法は国民から遊離し形骸化してゆくことになるにちがいない。

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コメント

>憲法は何よりも国家権力を縛るためにあるということ

国家権力というのは、その国内における最高の権力であって、言いかえれば統治権である。
その最高の権力であり独立した権力である国家権力のことを「主権」といい、日本は主権在民である。
憲法の前文で宣言されている。
国家権力である主権は国民にあるのだから、「憲法は何よりも国家権力を縛るためにあるということ」は、国民を縛るに他ならない。

>憲法は私たち国民のものであり、国家権力のものではない

国民と国家権力を切り離して考える場合、統治権が王にあるとか軍にあるとか、国民の選挙で選ばれた者でない者が統治する場合を言う。

投稿: a | 2014年6月 5日 (木) 16時36分

「残業代ゼロ」制度の導入方針固める 政府
http://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000027785.html


山井和則
「生産性が上がる素晴らしい制度と言うなら企業だけでなく公務員にも残業代ゼロ制度を導入すべき」と柚木議員が追及すると田村大臣や答弁席の10人の厚労省官僚が一斉に「とんでもない」と手を振って拒否。ひどい制度だと官僚もわかってます。

投稿: meru | 2014年6月 5日 (木) 17時30分

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