« 図書館の本は大切に | トップページ | 遺伝子と文化 »

2014年8月31日 (日)

区別が出来ないので

区別が出来ないので

しんぶん赤旗:自民 国会デモ 規制検討へ 「ヘイトスピーチ」と同列視
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-08-30/2014083001_04_1.html

今後「ヘイトスピーチ」に対して法規制も含めて検討していくことを確認すると同時に、首相官邸前や国会周辺で行われてきた「原発再稼働」や「秘密保護法」に対する抗議・街頭行動などを念頭に、何らかの規制を行うべく議論を進める姿勢を示しました。

会合で高市早苗政調会長は、抗議行動をさして「何時間も仕事にならない状況が続いている。とても電話の声も聞こえない」などとし、「批判を恐れることなく、議論を進めてまいりたい」と強調しました。国会周辺での一般市民によるデモや抗議行動を、人権侵害性の強い「ヘイトスピーチ」と同列に置き規制対象にしようとするのは、民主主義の根幹をなす主権者国民の政治的言論を「違法視」するもので重大です。

ヘイトスピーチとそうでないものを簡単に区別できれば、話は簡単なのですが、実際には区別することはとても難しい。例えば、在日外国人に「出ていけ」と叫ぶことと、自民党政権に「退陣せよ」と叫ぶこと、在日米軍に「出ていけ」と叫ぶことの違いは何だろうか。

政治的主張の内容は違う。でも政治的主張の内容によって、デモすることを禁止することが出来るなら、その社会では政治的な自由は制限されていることになる。だから、それは出来ない。だから政治的内容以外のもので制限するしかない。

では、表現か「殺す」とか「死ね」といった言葉を禁止することは出来るだろう。けれど、それでは「氏ね」と書かれたプラカードが出てくるだけだろう。

  *        *       *

「電話の声も聞こえない」

これは簡単なんだよね。だって音量を規制すれば良いだけだから、警察がデモ隊周辺で音量を測ること出来るし、音量は政治的主張と関係がないから、音量を規制することは政治的自由と関係ない。

  *        *       *

音量は、いまだって規制されているだろうけれど、もっと厳しくするか受忍限度の範囲内かということ。

  *        *       *

政治的自由を保証しつつヘイトスピーチを禁止することはとても難しい。それは「ヘイト」もまた「政治的主張」であり、制限すべきヘイトスピーチを定義することが難しいからだ。

  *        *       *

法律に「ヘイトスピーチ禁止」と書けばヘイトスピーチが(なんの副作用もなく)なくなるなんてことはないのだ。それを夢見るのは子供だけにゆるされた特権だ。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 図書館の本は大切に | トップページ | 遺伝子と文化 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/60235939

この記事へのトラックバック一覧です: 区別が出来ないので:

« 図書館の本は大切に | トップページ | 遺伝子と文化 »