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2014年8月26日 (火)

逆の意味で、どうでもいいレベル

逆の意味で、どうでもいいレベル

東洋経済:「規制委の火山リスク認識には誤りがある」 川内原発審査の問題④藤井敏嗣・東京大学名誉教授
http://toyokeizai.net/articles/-/44828?page=3

――巨大噴火の場合にはどのようなことが考えられますか。

モニタリングで予兆をつかみ、事前に原子炉の停止、核燃料の搬出を行うとしているが、間に合わない可能性が高い。それどころか、カルデラ噴火が起きると、周辺部の数百万人は火砕流のために即死し,日本列島に住む数千万人以上が分厚くたまった火山灰の中で、交通機関も食料もなく路頭に迷うことになる。

約7300年前の鬼界カルデラの噴火では、大隅半島や薩摩半島にまで火砕流が押し寄せ、そこに住んでいた縄文人が死滅している。それから約1000年にわたって、南九州は人が住めない場所になった。

昔、リスク管理についての講義を受けたとき、「人が、ビルの3階から落ちたときと、30階から落ちたとき、どちらがリスク管理として難しいか?」という話があった。リスク管理として難しいのは「3階から落ちたとき」の方だそうだ。何故なら30階から落ちたら死んでいるのは確実なので、やるべきことはお葬式ぐらいしかない。けれど3階から落ちた場合には、生きている可能性があり、対応次第で生死が左右される。要求されるレベルが格段に上がる。故に3階から落ちた時の方が難しい。

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巨大噴火が起きて「周辺部の数百万人は火砕流のために即死し,日本列島に住む数千万人以上が分厚くたまった火山灰の中で、交通機関も食料もなく路頭に迷う」ような状態で何が出来るだろうか。

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巨大噴火が起きたとき、川内原発が稼働している場合と止まっている場合、核燃料がある場合とない場合、どれだけちがうのだろうか。いのちへの影響はどれほど違うのだろうか。

福島原発事故では漏洩した放射能では死傷者は出ていない。そのことから連想すると、川内原発がどうであろうが被害としては大きな違いはないのではないかと思ってしまう。

何故なら、「周辺部の数百万人は火砕流のために即死」していることに比べて漏洩した放射能による死者の増加はどれほどのものだろうか、と思うから。福島原発事故では風評被害や避難ストレスで死者も出ているけれど、その人数に比べて「日本列島に住む数千万人以上が分厚くたまった火山灰の中で、交通機関も食料もなく路頭に迷うことになる」ことよる死者に比べたらと思ってしまうから。

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川内原発で巨大噴火の心配をする必要はない。

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コメント

久しぶりです 桜島 霧島連山で大規模な火砕流が川内原発まで届くようであれば鹿児島県民半分は 生きていないし避難も出来ないでしょう 科学者弁護士 偉い人は皆 可笑しい

投稿: 薩摩の昔船乗り | 2014年8月26日 (火) 11時24分

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