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2014年8月23日 (土)

感情や理想よりも現実です

感情や理想よりも現実です

毎日新聞:中学生:教諭への暴行など逮捕相次ぐ 警察介入是非で議論
http://mainichi.jp/select/news/20140819k0000e040153000c2.html

一方、教育評論家・尾木直樹さんは「生徒の評価権という絶対的権限を持つ教諭が、さらに警察権力を使うのは安易ではないか。学校の自殺行為でとんでもない話だ。背景には教諭の力量不足があり、他生徒への『見せしめ』の意味もあるのだろう。心の琴線に触れるような指導をせずに、生徒が更生するとは思えない」と厳しく批判している。

新聞で短く数行にまとめられてしまう前に、きっといろんな話があったのだろうと思う。つまり尾木さんの言葉として紹介されているけれど、それは尾木さんの言葉を切り貼りした記者の言葉かもしれないと言うことだ。

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学校に警官をいれることを「学校の自殺行為でとんでもない話だ。背景には教諭の力量不足があり、他生徒への『見せしめ』の意味もあるのだろう」としている。でも、これは、いまいま教育を受けている子供達にとっては残酷なことにならないか。

つまり、学校で「背景には教諭の力量不足」があって、つまり暴走してしまう(一部の)子供達を教師達に十分な指導が出来ない状況で、警察を拒絶するとどういう状況になるだろうか。

まじめなタイプの子供達にとっては残酷な状況にならないだろうか。

学校に警察をいれることは学校の自殺かもしれない。しかし、学校が自殺しない(生き残る)ために、まじめでおとなしいタイプの子供達に残酷な状況を強制するのだろうか。いまいまの子供達より学校が大事なのだろうか。

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学校現場に警察を介入させることに嫌な感情を持つことを非難するつもりはない。自分もそうだから。教師達の力量が十分にあって警察が介入する必要なんてないことが理想であることも認める。しかし、いまいま学校にかよう子供達にとって、警察を拒絶することが良いことであるとは思えない。

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現実を見ないで理想と正義を追求することは、悲劇をもたらす。特に、新聞などの外部の安全な場所からの言葉は、理想と正義の無責任な追求になりがちだ。

毎日新聞のこの記事が悲劇の発端とならないことを望んでしまう。

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