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2014年9月30日 (火)

民主党は守旧派?

民主党は守旧派?

読売新聞:「アベノミクス」転換迫る…代表質問で海江田氏
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140930-OYT1T50109.html

急激な円安による物価上昇を「アベノミクスの副作用」と指摘し、派遣社員の無期限派遣を条件付きで認める政府提出の労働者派遣法改正案に対しては、「一生派遣で働けということか」と反対を表明した。

民主党は改革を望んでいるのではなくて、古き良き日本を取り戻したいのでしょうか。正社員が良くて派遣が悪いという価値観に染まっているように感じます。問題なのは正社員とか派遣社員とかいったことではなくて、派遣社員の給与が年功序列的に上がらないことによる生活の問題(子育て費用や住宅ローンの費用の問題)ではないでしょうか。そういった事に、社会のサポートがあるなら一生派遣で働いても問題があるとは思えないのです。

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一生派遣、一生アルバイトでも良い。問題は、そういった生活でも結婚でき子育てできる社会ではないことだ。

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経済や社会は変化する。正社員の安定は社会や経済の停滞と裏表だ。いままでの正社員を年功序列的に扱うことは無理が来ている。正社員のありかた、派遣社員(or期間限定の社員)のありかたも変わってきている。それを昔風の(高度成長機~バブル期の)正社員を取り戻そうとして頑張ることは、被雇用者の味方というよりも守旧派と言うべきではないだろうか。

派遣社員・期間限定の社員が増えることを前提として、社会保障制度や子育て支援や教育費援助のありかたを議論した方が生産的というか未来志向であると思う。

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「一生派遣で働けということか」という言葉には、民主党が守旧派であるという言葉に聞こえる。

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日本と韓国、どちらが差別的(あるいは多文化的?)

日本と韓国、どちらが差別的(あるいは多文化的?)

サーチナ:日本と韓国 アジア大会で発見した「興味深いこと」=中国メディア
http://news.searchina.net/id/1544625?page=1

韓国仁川で開催中のアジア競技大会について、中国メディアの新浪体育は25日、「非常に興味深いことを発見した」とし、日本代表団には韓国人の監督が複数いる一方、韓国代表団には日本人の監督は1人もいないと伝えた。

日本も韓国もスポーツのレベルはさほど変わりません。であれば、指導する人間のレベルもさほどかわらないでしょう。日本に韓国人の監督がいるのであれば、韓国に日本人の監督がいても不思議でないはずです。

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日本には韓国人の監督がいて、韓国に日本人の監督がいない。これは、どちらが排外的なのでしょうか。

日本が韓国をきらいだから、教えに行かない?
韓国が日本を嫌いだから、監督を受け入れることが出来ない?

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アジア大会では判りませんけれど、中国には日本人の監督がいますし(サッカーやシンクロナイズドスイミング)、その他の国にも日本人のスポーツ指導者はいます。それを考えると「韓国が日本を嫌いだから、監督を受け入れることが出来ない」のでは、と思います。

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どうしたら

どうしたら

イザ:「刑務所での服役生活が楽しみ」 被告が控訴を取り下げ
http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/140929/evt14092914520039-n1.html

渡辺被告は「刑務所での服役生活が楽しみで仕方がありません。自分のこれまでの37年よりも遥かにマシな時間を過ごせることだけは確実だからです」などとするコメントを出した。

服役には社会から隔離するという効果もあるけれど、刑務所に入ることに対する恐怖感による犯罪の抑止という意味もある。それが「服役生活が楽しみ」とか「自分のこれまでの37年よりも遥かにマシな時間を過ごせる」などと言うと、どうしたら?という気持ちになります。

いえ、言葉は強がりで、実際に入ったら早く出たいと思うのかもしれませんが。

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2014年9月29日 (月)

護憲勢力は間違ったから衰退した

護憲勢力は間違ったから衰退した

毎日新聞 社説:おたかさん死去 確かに「山」を動かした
http://mainichi.jp/opinion/news/20140929k0000m070098000c.html

「ダメなものはダメ」「やるっきゃない」、そして「山が動いた」。数々の言葉が今も多くの人々の記憶に残っていることだろう。元衆院議長の土井たか子さんが亡くなった。85歳だった。



土井さんは元々は大学で教壇に立った憲法学者で、「護憲」のシンボルだった。一方で憲法に対してあまりにも柔軟さを欠いたことや、「何でも反対」の抵抗野党路線が無責任との批判を浴び、社民党が少数政党に転落し、護憲勢力が退潮する要因となったのは事実だ。

ただし、安保政策の大転換となる憲法解釈の変更をいとも簡単にしてしまった今の安倍政権の姿勢を「護憲勢力が退潮しているから」の一言で片付けるわけにはいかない。

土井さんが元気だったら「今の野党は政権に対して物わかりがよすぎる。なぜ、もっと激しく向かい合わないのか」と叱咤(しった)していたに違いない。なぜ、あの時代、土井さんが国民の大きな支持を集めたのか。おたかさんの迫力を野党はもう一度、見直す時と思える。

故人のご冥福をお祈り申し上げます。

しかし、冥福を祈ることと業績の評価は別であります。私は土井たか子さんを評価できません。最大のものは拉致事件への対処です。拉致事件の被害者の家族が支援を頼んだ時の対応です。彼女は被害者からの手紙を北朝鮮へ見せてしまいました。

政治家として、というより権力闘争をする人間としてウブすぎるのではないでしょうか。もっと上手く立ち回って利益を引き出さないといけません。自分の属する集団の利益をガメツク獲得する、そういう能力に欠けているとしか言いようがありません。

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護憲勢力が衰退したのは、その主張が現実ばなれしたものだからです。それが明らかになるにつれ、つまり北朝鮮が日本人を拉致する、核実験をする、ミサイルを発射する。中国は東シナ海・南シナ海で暴力的になる。中国や韓国は話し合いを拒否する。そういった現実に「護憲」では対応できませんでした。

  *        *        *

政治は現実を扱うものです。現実に対応出来ない政党や政治家は無能として民衆から拒否されます。それだけのことです。

「おたかさんの迫力を野党はもう一度、見直す時と思える」

政治家の(政治指導者の)迫力は民衆(あるいは社会の有力者)の支持に基づきます。土井たか子さんに迫力があったのは、護憲派の無能が(現実とのズレが)知られておらず、民衆の支持があったからです。民衆の支持を得ていない今の野党(特に護憲派の政党)に迫力を求めても無理な話でしょう。

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迫力のある野党を私も望みますけれど、それは護憲派の(つまり土井さんの)後継者ではなく、改憲派として現れてくるでしょう。

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嘆くことではありません

嘆くことではありません

NEWSポストセブン:「悪人はさらし者」社会でいいのか 神戸女児遺棄事件を前に
http://www.news-postseven.com/archives/20140928_278488.html?PAGE=2

あれから10年以上たって、原則はさらにないがしろにされている。

憲法で保障された生活保護制度を問題にする政治家がいる。路上で警官隊に守られながら在日韓国人の方々に差別的言辞を弄する集団がいる。私はヘイトスピーチを非難するツイートをして、集団と意見を同じにする人々からしつような罵倒のツイートが飛んできた経験が何回かある。職業柄私はそういうものには馴れているが、そうでない人々に萎縮効果を与えるだろう。

いつのまにか私たちは「人権を守れ」という当たり前の主張をするのに、勇気が要る社会にしてしまった。

ふたつばかり書きます。

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ひとつめ、人権を主張するのは、いつの時代であっても勇気の必要なことでした。例えば、いま私達には参政権がありますけれど、この権利は大正時代(男性のみですが)に獲得したものです。その過程で多くの軋轢がありました(戦後の日本の民主主義が、それなりに機能したのは、自分たちで獲得し運用した経験があったからと思っています)。日本以外でも、例えばアメリカで黒人差別に対して戦った人々は、彼等は人権を主張したわけですが、とても勇気があったと思います。

「いつのまにか私たちは『人権を守れ』という当たり前の主張をするのに、勇気が要る社会にしてしまった」

人権を主張することは勇気の要ることなのだと思います。というか、なにかが人権であることを社会に認めさせるということは大変で勇気のいることなのだと思います。

  *    *    *

ふたつめ、見方によっては「路上で警官隊に守られながら(中略)差別的言辞を弄する集団がいる」ことは素晴らしい社会であることを示しています。いえ、差別的言辞がすばらしい訳ではなくて、たとえそんな言辞であっても、つまり社会的に認められていない言葉であっても、デモできるという自由のある社会であるということだからです。その為に公的な組織が動く、つまり国民の総意としてです。そういった言辞であっても主張できる場を確保するという国民の意志があるのです。そしてその意志はとても広い自由を認めている。

自由のある社会はすばらしいです。

  *    *    *

それはそれとして、警官隊が守っているのは、暴力的になる人がいるからで、その暴力を許すことが出来ないからです。警官隊はデモ隊の味方ではありませんし、誰の敵でもありません。

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2014年9月28日 (日)

だからと言って

だからと言って

中央日報 社説:関係改善を表示した韓国…「安倍の勝利」という日本
http://japanese.joins.com/article/637/190637.html?servcode=100&sectcode=140

振り返ると、最初のボタンを掛け違えた。最初から「ひとまず会ってから言うべきことを言う」という方向を定めなければならなかった。ところが日本を知らない、安倍首相を知らない人たちが外交専門家を自負し、「慰安婦問題に対する(日本の)措置がなければ、対日関係改善も首脳会談もない」と釘を刺し、自ら困難に陥る状況を作った。

だからといってこの時点で急後進ギアにレバーを入れるのが正解だろうか。



いかなる対価なくただ韓日首脳会談に応じるには、すでにあまりにも進んできてしまった。長い呼吸で深く考える時だ

戦術・戦略を間違えたのだから、どのみち対価を支払わねばなりません。それは早ければ早いほど少なくて済むのが一般的です。

「いかなる対価なくただ韓日首脳会談に応じるには、すでにあまりにも進んできてしまった。長い呼吸で深く考える時だ。」

よく考えることには反対のしようがありませんが、ここで引き返さなかったら、もっと向こう側にいっちゃいますよ。

いえ、私としては、それでもかまわないんですが。

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2014年9月27日 (土)

高潔なのかズルいのか

高潔なのかズルいのか

北海道新聞 社説:イスラム国対応 日本は非軍事で貢献を
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/565193.html

安倍晋三首相は国連総会の演説で、イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」を「国際秩序に対する重大な脅威」と非難し、中東地域の安定化に向けて総額5千万ドル(約54億6千万円)の緊急支援を行うと表明した。

続く記者会見では「難民支援や周辺国に対する人道支援など、軍事的貢献でない形で支援を行う」と述べた。

平和憲法を持つ日本が支援を非軍事分野に限るのは当然である。



これらが法制化されれば従来とは別次元の後方支援となり、自衛隊員が戦闘に巻き込まれて死傷する危険性は格段に高まる。

閣議決定を反映させたガイドライン改定や新たな安保法制に、あらためて強く反対する。

「平和憲法を持つ日本が支援を非軍事分野に限るのは当然である」などと言うと、日本は平和的だからとか道徳的に高潔だから人殺しにかかわることなんて出来ないなんてふうに思えますけれど、もし、それが必要なことなら、それをしないことで自分がキレイだと思うのは欺瞞ではないでしょうか。

世の中、きれいな事だけでは終わりません。汚いことも必要なのです。危険なこともあるのです。みんなが嫌がる仕事というものもあります。そういった仕事から目をそらして、自分は平和主義だからとか言って関わらないようにするのは、良いことなんでしょうか。道徳的でしょうか。

  *        *      *

汚れ仕事を他人(他国)に押し付けるのは正しいことなんでしょうか。

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あたりまえです

あたりまえです

北海道新聞 社説:北電社長辞任 値上げ問題 これからだ
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/564965.html

しかし問題の根底にあるのは、泊原発の扱いである。

原子力規制委員会での審査は、依然として終了の見通しは立っていない。こうした中でも、真弓氏は川合氏同様、早期の再稼働を目指す考えを明らかにした。

だが、再稼働しなければ、電気料金を上げねばならないという従来通りの物言いが、利用者の理解を得られるはずはない。

あるもの使わなきゃ余計な費用がかかって製品価格に跳ね返るということは、政治思想や思想信条・宗教にかかわらず真実です。そんなことも判らずに議論をしていても有益な結論が出るとは思えません。

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2014年9月26日 (金)

難しいのは

難しいのは

中日新聞:日立、管理職の年功序列廃止 一般社員へも検討
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2014092602000262.html

日立製作所は二十六日、国内の課長級以上に当たる管理職社員約一万一千人の賃金制度を来月改定すると発表した。現行制度に残る年功的な部分を完全になくす。いま担っている仕事内容や責任の重さ、成果を直接的に反映する仕組みに見直す。

比較的若い人や中途採用で勤続年数の短い外国人でも仕事内容に応じて高い報酬が得られるようにして意欲を高め、国際的な競争力を向上させる狙い。今後、国内外のグループ各社に新制度を広げる。一般社員への制度導入も検討する方針だ。

難しく大事なのは年功序列をなくすことではなくて、仕事を定義すること、仕事の価値を正確に評価することなんじゃないかと思うぞ。

  *       *     *

年功序列が支配的であった20年30年前、年功と仕事の重さは比例していた。若い人間は多く経験者は少ない。そういった時代・社会であれば年を喰っている経験があるというだけで価値があった。年功序列と仕事の軽重の矛盾は大きくなかった。

  *       *     *

中高年のサラリーマンが、若いうちに安く使われてうんぬんというのは建前というか繰り言にすぎない。本当に実力があれば転職なりなんなり出来るはずだ。若いうちに安く使われてなんて言うのには、「あんたの仕事は若いだけ(体力だけ)で成果が出るんかい」と言いたい。

若いだけで出来る仕事なら中高年になって給料が上がらなくっても仕方ないじゃないか。

  *       *     *

けれども社会の制度は変わる必要がある。年功序列がもたらした給与の変化と人生における費用なお金は、ちょうといいぐあいに一致していた。一致していたから社会制度がサボっていられた。これからは給与が変化しない(年功的に上昇しない)という前提で学費エトセトラを社会が援助するようにならないといけない。

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政治宣伝映画?商業映画?

政治宣伝映画?商業映画?

東亜日報:[東京小考] 日韓の修復は「おまつり」から
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2014092570948

あれだけリアルな戦闘シーンにこだわるなら、言葉もリアルにしてほしかった。日本側の描き方に説得力が増せば、多くの日本人出演も夢ではあるまい。こういう映画を日韓共同制作で作れないものか。たとえば映画「安重根と伊藤博文」を共同で作るような時代がくるのが、私の究極の願いである。

政治宣伝を目的とした映画なら、いまでも作れるんじゃないですか。日本側スタッフは親韓的な人々にすれば良いわけだし。でも商業ベースで成功する映画にしたいなら、不可能でしょうね。だって接点が無いから面白いお話にならないもの。

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ジョン・F・ケネディを暗殺したオズワルド。オズワルドの物語なら作れるだろう。ケネディの物語はもちろん作れる。では、この二人を共に語る物語は作れるだろうか。あるいは坂本龍馬と坂本龍馬を暗殺した人間の物語とか。大久保利通と彼を暗殺した人間の物語とか。

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それなりの偉人で接点がいろいろあれば、面白いお話にできる。織田信長と明智光秀とか。どちらが正義か、解釈が色々できるような台詞をちりばめたり、二人の葛藤を描いたり。でも、最後の瞬間に暗殺で関わりあうだけでは面白いお話にはならない。

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安重根と伊藤博文には接点がなさ過ぎる。最後に暗殺という形で関わりあうことになるけれど、それまで別々の人生を歩んでいる。これでは商業的に成功する面白い物語を作ることは出来ない。

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まぁ史実を無視して、タイムスリップでもなんでもさせて物語を作ることも出来ないわけじゃないけれどね。

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日本と韓国は別々の国で、日本は韓国が伊藤博文を悪く評価するのを気にしない、韓国は日本が安重根を悪く扱うのを気にしない。これが現実的な最善だろう。無理して仲良くしたらストレスがたまって爆発してしまう。こちらの方がよっぽど心配だ。

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2014年9月25日 (木)

固定観念の交感は可能だけれど

固定観念の交感は可能だけれど

ハフィントンポスト:エマ・ワトソン、国連で男女平等を訴えてネット上で脅迫される
http://www.huffingtonpost.jp/2014/09/24/4chan-trolls-threaten-to-release-nude-photos_n_5871930.html

ワトソンさんは、この闘いは女性だけのものではない、と訴えた。「男性がジェンダーの固定概念に縛られていることをふだん話題にはしません。しかし私にはそう見えます。そして、男性がそうした固定観念から自由になれば、女性の側にも自然に変化が訪れるはずです」

「男性たちの娘、姉や妹、そして母親が偏見から解放されるだけでなく、彼らの息子たちも弱さを持つ人間であっても許されるように。彼らが手放した自分らしさを取り戻し、そうすることでより本物で完全な姿の自分になれるように」

人口知能の課題(解決すべき問題)のひとつにフレーム問題というものがあります。ザクッと言ってしまえば、人間は「枠組み」なしにはいられない、といものです。極端に言えば、前提条件なし完全に自由に考えてよいとなったら、なにから考えて良いかわからなくなってしまいます。この文章だって日本語だと思って読むから読めるのであって、このなかに何か暗号があるかも(ありません)と疑いだしたら切りがなくなってしまいます。そして、暗号が無いと確認できるまでに人生が終わってしまうでしょう。

  *        *       *

人間は「完全に自由に」考えて結論をだすことが出来るほど頭は良くありません。さまざまな形で「枠組み」が与えられていないと日常生活すら出来なくなってしまいます。

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「固定観念」とは与えられた枠組みです。これを無くせと言っても不可能です。無くしてしまっては、無くせという言葉すら理解できなくなってしまうでしょう。だから「固定観念から自由」などと言っても、絵空事か(言葉にしないけれど無意識かもしれないけれど)私と同じように考えろという要求にすぎません。

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固定観念に縛られないことは素晴らしいことです。でも一般人に出来ることではありません。私のような一般人に出来ることは、ある固定観念から別の固定観念に取り替えることぐらいです。そして新しい固定観念がいままでの固定観念よりも良いものであると(良いものとは「世界がそうなったら幸せ」ではなくて「世界がそうならなくても私がその固定観念を受け入れたら私は幸せになる」ようなものです)売り込まないと新しい固定観念は広がらないでしょう。

  *        *       *

固定観念なしに人間は生きられないのです。そして売り込みには、その固定観念を受け入れた人間が得をする(幸せに生きられる)ようなものであることが必要です。単に固定観念を非難しても何も起こらないでしょう。

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強者と弱者

強者と弱者

読売新聞:「三菱重工上告しないで」 報告集会で原告ら訴え じん肺逆転勝訴
http://www.yomiuri.co.jp/local/yamaguchi/news/20140924-OYTNT50133.html

三菱重工業下関造船所(下関市)で働き、じん肺になったとして、下請け、孫請け会社の元従業員らが三菱重工業(東京)に損害賠償を求めた訴訟で、原告勝訴を言い渡した24日の広島高裁の控訴審判決。原告らは喜びにわきつつも、提訴から6年半に及ぶ裁判を振り返り、「三菱重工業は上告しないで」と訴えた。

強者と弱者は、ときに逆転する。一般的には大企業が強者で大企業を訴えている原告が弱者だ。しかし、「上告しないで」と言えること、それがマスコミでどう扱われるかといったことを考えると、強者と弱者が逆転する。

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原告が「上告しないで」と言っても非難されないだろう。批判的に報道されることもないだろう。では、大企業側に有利な判決が出たときに、大企業が「上告しないで」と言ったらどうなるだろうか。どういうふうに報道されるだろうか。

原告側は弱者だから言えて、大企業は強者だから言えない。いや、この場面では強者と弱者が入れ替わっていて、大企業には発言する権利がない、つまり弱者になっていると言うべきではないだろうか。

発言もできない者を強者というのはおかしいのだから。

   *        *        *

自分は弱者で、強者・権力と戦っているつもりでいたら、いつのまにか弱いものイジメをしていたってことになるかもしれない。

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私は三菱重工にもじん肺にも詳しくありません。これは、このニュースを読んで連想したことで、じん肺訴訟の原告らがイジメをしているなどと言うつもりはありません。

あくまでも一般論です。

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「無礼講」を信じるか?

「無礼講」を信じるか?

NHK:「若い世代ほど場の空気読む傾向」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140924/k10014838611000.html

文化庁は日本語の使い方などがどのように変化しているかを把握するための調査で、コミュニケーションについて調べました。

人と接する際に相手や場面に合わせて態度を変えるほうが好ましいと感じる人は20代で5割を超え、文化庁は「若い世代ほどその場の空気を読んでコミュニケーションを図ろうとする傾向があるのではないか」と分析しています。



回答を年代別に見てみますと、60代以上ではおよそ7割が「いつも同じような態度でいるほう」が好ましいと答えたのに対し、20代では「態度を変えるほう」が好ましいという人が50.3%と半数を超えました。

弱者は強者の嘘を見抜く。実際に言葉にするかどうかは判らないけれど。

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年長者が「『いつも同じような態度でいるほう』が好ましいと答えた」として、その年長者の面前で若者が若者同士でいるときのような態度、つまり多くの時間を過ごしている時のような態度でいたとしたら、年長者は好ましいと思うのだろうか。思わないだろう。場にそった態度でいないことを怒るだろう。

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若者ほど態度を気にするというのは、社会的弱者ほど周囲の状況に気をつかうといことに過ぎない。

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無礼講は難しい、上下関係をを気にしてないように見せながら上下関係を守るという芸を演じないといけないのだから。

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2014年9月24日 (水)

民主主義の敵

民主主義の敵

神奈川新聞;地下1400メートルにトンネル リニア、技術未確立のまま着工へ
http://www.kanaloco.jp/article/77249

最高時速505キロ、品川-名古屋間をわずか40分でつなぐ“夢の超特急”リニア中央新幹線が10月にも着工される。事業主体のJR東海は環境影響評価(アセス)書と工事実施計画書を8月下旬に国土交通省へ提出した。完成予定は2027年。歓迎の声がある一方で環境への影響やコスト、エネルギー効率について疑問視する意見も根強い。過去に例のない深さの地下を超高速で走り抜けるこのプロジェクトの全容は-。

元々、私はマスコミへの信頼は低いのですけれども、朝日新聞の誤報以来さらに疑問に思ってしまっています。この神奈川新聞の記事を読んでも最初に思うことは、大企業相手だから批判的な論調で書いているのではないか?という目で読んでしまっているということです。

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AさんがBさんを誤解して(あるいは嘘をついて)批判して、Bさんが困ったことになったとする。で、そのあと、Aさんの誤解だと(あるいはAさんが嘘をついたと)判ったとする。周囲の人々はどう思うだろうか。

Aさんへの批判は当然あるだろう。しかし、怖いのはAさんへの批判ではない。Bさんが本当に悪いことをしたときに、それにAさんが気がついて告発したとき、Aさんへの信頼がなくなっていたら、Bさんの悪業を止めることが出来るだろうか?ということだ。

朝日新聞の誤報事件で怖いのはマスコミへの信頼、特に政府や大企業に対して批判的な立場のマスコミが信頼を失うというのは怖いことではないだろうか。

  *        *        *

神奈川新聞:時代の正体(29)熱狂なきファシズム(上)
http://www.kanaloco.jp/article/78063/cms_id/103021

日本の選挙の不条理を描いたドキュメンタリー映画「選挙」「選挙2」で知られ、米国ニューヨーク在住の映画作家想田和弘さん(44)は今の日本を眺め、言う。「民主主義をやめたがっているようだ」。自民党の憲法改正草案に全体主義志向を見て、特定秘密保護法案の強行採決や解釈改憲による集団的自衛権の行使容認が看過されたさまを「熱狂なきファシズムが進んでいる」と表現する。その真意は。

民主主義にはマスコミが必要です。国民が正確な情報を持たずに民主政治は成り立ちません。秘密保護法や集団的自衛権の容認よりもマスコミへの信頼が揺らぐことの方が、あるいはマスコミが誤報をすることの方が、民主主義への脅威となる。

いまの日本が民主主義をやめたがっているように見えるなら、それは政権を批判してきたマスコミや野党もそうなる状況を作ってきたように私は思う。

  *        *        *

民主主義は、特に日本のような人口の多い国での民主主義の実践にはマスコミの存在が欠かせない。そのマスコミが、権力批判の為なら事実確認を怠るようでは(誤報をくりかえすようでは)民主主義は死んでしまうだろう。

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国連の権威は低下するか

国連の権威は低下するか

東京新聞:米の「イスラム国」空爆方針 イラク要請、拡大解釈も
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2014092302000125.html

イラク国内では、米軍がイラク政府の要請を受けて「イスラム国」への空爆を実施したが、シリア政府は空爆に同意していない。当事国の承認がないまま空爆に踏み切る場合は原則、国連安保理決議が採択されるか、自衛権行使の正当性を明確にする必要がある。国連決議案が提出されても、ロシアは拒否権を発動するとみられている。

「イスラム国」を放置しておいて良いか、シリア国内の拠点を叩くことなく殲滅できるかと問えば、そうはいかないわけで、「イスラム国」を殲滅したければ、シリア国内での戦闘はさけられません。問題は攻撃の法的根拠です。当事国や国連の同意がなければ、アメリカや周辺国の自衛権で説明することになるのでしょうか。

  *      *     *

遠く離れたアメリカや直接には国境を接していない国(イスラム教の国)が自衛権であると言うだけで、攻撃が合法になるのなら、大抵の戦争行為は合法にならないでしょうか。

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歴史と法は勝者が作ります。勝てれば問題ないのかもしれませんけれど、ちょっと気になります。

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2014年9月23日 (火)

苗字は必要なのか?

苗字は必要なのか?

NHK:視点・論点 「墓と家族の社会学」
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/197675.html#more

跡継ぎがいらない桜葬ですが、その申込者をみると、私が2012年に実施した「桜葬に関する会員意識調査」では、子どもが「いない」人はたったの24%、「いる」人の方が76%と多く、そのうち「男子がいる」と答えた人は48%でした。子どもがいても、男子がいても、跡継ぎを必要としない墓を買う人々の存在から、墓の継承制がもう制度疲労を起こし、現代人に適合しなくなっている状態が浮かび上がってきました。男子がいるケースでは、中高年で未婚であったり、子どもがいなかったり、障がいがあったり、海外暮らし、親より先に亡くなる、妻方の墓守りになってしまった、など様々な理由がありました。

制度は人が作ったもので現実は(人の営みではあるけれども)自然発生的なものだ。例えば「性別」、我々は性別と言えば「男」「女」を思い浮かべてる。様々な書類にも「男」「女」としかない。しかし、現実には「男」「女」におさまりきらない人がいるのも事実だ。また、日本では成人年齢は20歳だけれど、なぜ21でないのか答えはない。もっと極端なことを言えば20年と1日ではない理由を言うことはできないだろう。せいぜい「便利だから」「切りがよいから」程度だ。

もちろん15歳とか35歳などであば、人間の成長段階などなどと言った話は出来る。

つまり、様々な制度は現実から導かれるもので、現実に大きなところでは適合しているけれど、ズレもある。そして現実は変化してゆくから、制度も変わる。変われなかったり変わっても追いつけなかったりする場合もあるけれど。

  *        *       *

家族・子供を産むこと(子供の立場では、親から生まれること)は現実だけれど、「家」は制度だ。そして死や死者を弔いたいと思う気持ちは現実だけれど弔い方や墓は制度だ。

  *        *       *

先祖伝来の田畑や家業のようなものがあれば、「家」制度は現実とあまり矛盾しないし、家の墓というものとも矛盾しないだろう。しかし、現代は大部分が勤め人で子孫に継がせる田畑や家業を持っている人間は極小数にすぎない。大多数の人間にとって、稼ぎや仕事は一代限りのもので、自分の仕事を子供に継がせることなんて考えてもいない。

  *        *       *

となると、現代において「家」というのは経済や仕事に支えられているのではなく気持ちに支えられているにすぎない。気持ちが大事じゃないと言うつもりはないけれど、経済や仕事に支えられたり制約された場合より弱くなってしまうのは(継承や維持が難しくなってしまうのは)しかたがないことだろう。

そして「家」に支えられた「○○家の墓」が維持できなくなってくるのは当然の帰結であるように思う。

  *        *       *

ところで、夫婦別姓ということを主張する方々がいる。男女が引かれ合うことは現実だけれど結婚は制度だし苗字があることも、どちらかの苗字に合わせることも制度だ。家族をささえる様々なものが変化したら制度も変わっていかなくちゃならない。だから苗字のありかたが変わっても不思議は無い。

でも、私は夫婦別姓には反対だ。家族というもののシンボルとして有効に働いていると思うから。

もし結婚(あるいは男女が引かれ合うこと)や子供と苗字の問題を関係づけるなら、そして「家」をささえる現実が弱くなっていることを無視しないなら、夫婦別姓ではなくて「そもそも苗字は必要なのか?」とか「結婚を機に新しい苗字を作ることを認めるべきではないか」という問題提起をするべきなのではないかと思う。

  *        *       *

様々なものが一代限りであるならば、苗字も墓も一代限りで良いのではないか。

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2014年9月22日 (月)

どうやって?

どうやって?

毎日新聞 社説:視覚障害と社会 無関心という罪の重さ
http://mainichi.jp/opinion/news/20140922k0000m070107000c.html

埼玉県内の盲学校に通う高等部の女子生徒が今月8日、JRの駅構内で何者かに背後から強く足を蹴られ、全治3週間のけがをする事件があった。生徒は全盲のため白杖(はくじょう)をつき、点字ブロック上を歩いていた。突然の暴力に遭遇した生徒は痛みだけでなく、恐怖も大きかっただろう。

警察は目撃情報などから、知的障害のある40代の男を容疑者として任意で取り調べている。捜査を尽くしてもらいたい。



障害者と街で出会えば、危険な目にあいそうにないか目配りをする。困っていれば手を差し伸べる−−。学校や家庭の教育を通じて身についているはずの常識が、どこかですっぽりと抜け落ちていないか心配だ。

障害者の立場を思いやることが大切だ。私たち一人一人の振る舞いが問われている。

障害者にかぎらず困っている人に援助することに反対なんて出来ないし、教育をつうじてそういった心を広めることに疑問を感じない。しかし、この社説には困ったことが書いてある。

「警察は目撃情報などから、知的障害のある40代の男を容疑者として任意で取り調べている」

別のニュースでは刑事責任能力の有無を視野にいれているともありました。刑事責任能力がない、つまり善悪の判断が出来ない(出来たとしてもその判断に従うことが出来ない)ような状態の人かもしれないわけです。

そういった人間に「障害者の立場を思いやることが大切だ」なんて言って伝わるのでしょうか?伝える方法があるのでしょうか?

  *        *       *

知的障害のある方にも心があり、優しい気持ちや悲しい気持ちや怒ったり笑ったりすることは知っています。しかし、相手を正しく認識できる能力が無い場合、つまり視覚障害者と認識できないような場合、どんなことを教えることが出来るのでしょうか。何を教えれば、障害者の立場を思いやることが大切であり、それに従った行動がとれるようになるのでしょうか。

そういったことへの配慮(実行可能なプラン)が必要です。

  *        *       *

そういった事に対して配慮のない提言は絵空事(綺麗事)にすぎません。毎日新聞のこの社説にそういった配慮のなさを感じます。

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スコットランドは停滞するか

スコットランドは停滞するか

産経新聞:「夢は生き続ける」 スコットランド独立派指導者が辞任表明 英女王は和解呼びかけ
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140920/erp14092010360010-n1.htm

英北部スコットランドの住民投票で英国からの独立が否決された結果を受け、独立運動を主導したスコットランド行政府のサモンド首相は19日、エディンバラで記者会見し、首相を辞任する考えを表明した。

サモンド氏は、「指導者としての私の時間は終わりに近づいたが、スコットランドの独立運動は続く。夢は決して終わらない」と訴えた。

今回の独立についての住民投票が行われる、まだ独立の可能性があったころスコットランドから企業が脱出すると言う話があった。今後も独立の火がくすぶり続くのであれば、新たな投資先としてのスコットランドの魅力は低下するだろう。既存の企業も、急いで脱出することはなくても、機会があればスコットランド以外の地域へ脱出するだろう。

  *        *        *

経済的に発展したいんであれば、独立するぞなどといった不安定要因は排除するべきだ。

「スコットランドの独立運動は続く。夢は決して終わらない」

このままでは数十年後、スコットランドは貧困地域になっているかもしれない。

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2014年9月21日 (日)

ラベルの付け替えや権限の移譲にごまかされるな

ラベルの付け替えや権限の移譲にごまかされるな

琉球新報 社説:スコットランド 自治権拡大は世界の潮流だ
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-231845-storytopic-11.html

冷戦終結以降、EUのように国を超える枠組みができる一方、地域の分離独立の動きも加速している。国家の機能の限界があらわになったと言える。もっと小さい単位の自己決定権確立がもはや無視できない国際的潮流になっているのだ。沖縄もこの経験に深く学び、自己決定権確立につなげたい。

ラベルの付け替えや権限の移譲と機能や重要性の変化を見誤ってはならない。

  *        *        *

EUの機能や権限が増大する、地方自治体であるスコットランドの権限が増大する。結果、英国政府の役割が減っていくことになる。これを琉球新報は「国家の機能の限界があらわになった」と書いている。これは、間違いとは言いきれないが、見落としがある。

  *        *        *

「国家」とはなんだろうか。EUを「国家」と言うと間違いだろうか。

  *        *        *

いまヨーロッパで起きていることは、既存の国家(英国など)の機能や権限がEUや地方自治体へ移行しているということ。ここで、EUを国家でない何かだと考えると、「国家」という存在そのものの衰退に見えるだろう。しかし、EUを国家だと考えると、英国政府がEUと地方自治体に分解していくだけで、「国家」というものは場所と名前が変わっただけで、厳然と存在しつづけるように見える。

 *        *        *

国家とは「暴力の預け先」だと私は思う。人間は暴力を使ってしまう存在で、暴力でしか解決できない問題も起こしてしまう存在で、でも、社会生活で暴力を剥き出しにするわけにはいかないから、暴力を様々な方法でコントロールする。個々人の持っている暴力を国家に預けたりする。自分の身に暴力でしか解決できない問題が起きたら、自分で暴力をふるうのではなく、国家に解決してもらう(警察に通報する、裁判に訴えて強制執行してもらう)。

他の国家からの暴力から守ってもらう。

  *        *        *

仕事の必要性がなくならないなら、仕事をする存在もなくならい。存在しなくなったように見えても、名前を変えたり隠れたりして、どこかに存在している。人間が暴力を振るってしまう存在である限り、「国家」はなくならい。名前を変えるだけだ。ごかまされちゃいけない。

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2014年9月20日 (土)

民主主義・デマ・マスコミ・誤報・捏造

民主主義・デマ・マスコミ・誤報・捏造

J-CAST:アイフォーンの新OS「iOS 8」アップデートで防水になった! デマが広がりツイッターで水に浸した報告も
http://www.j-cast.com/2014/09/18216221.html?p=all

14年9月19日発売の「iPhone 6」に搭載するために開発されたのが新OS「iOS 8」で、このOSは「iPhone 5」など旧型の「iPhone」ならびに「iPad」でもアップデートできる。このそうした中、ツイッターなどで拡散された情報は、「iOS 8」に防水機能システムが付いている、というものだった。

このデマは写真付きで、まるでアップルのパンフレットのように作られていて、

    「もう水にぬれることをおそれる必要はありません。iOS 8では、全く新しい回路技術により、感知した湿度情報をもとにして、ショートする可能性のある回路の電圧を事前にピンポイントで制御」

などともっともらしいことが書かれている。ネットで多くの人はいつものデマだと相手にしなかったが、中には「やっと風呂でビデオみれるのか」「アップルスゲええええ!!」といった声も挙がっていた。

そして9月18日午前2時に「iOS 8」のアップデートが始まると、実際に水につけて実験する人が現れた。

民主主義の政治のレベルは国民のレベルよって決まる。事実と嘘を見分けられない、デマに踊らされる人々による民主主義政治は悲惨な結果しかうまないだろう。

  *        *       *

この iOS8 のデマを見たとき、自分は即座にありえないと思った。防水は物理的なもので(ようするに水が入ってこないような作りにすることだから)ソフトウェアで変更できることではない。

浸水によるショートを検出して緊急停止することは出来るかもしれないが。

  *        *       *

これくらいことが判らないということが自分には判らない。でも、技術に興味のない人にとっては判らないことなのかもしれないとは思う。逆に、自分の専門分野ではない分野のところでは、これに等しいデマにひっかかってしまうかもしれない。自戒しよう。

  *        *       *

福島原発事故以降、放射能について様々なデマが流れた。そして今もデマを信じている人々がいる。自分も自分が信じていることが全て正しいという自信はない。

  *        *       *

ひとりの人間が全ての分野の知識や常識を身につけることは不可能だ。そして政治は「すべて」を扱う、すべてについて判断と決定を求められる。民主政治に主権者として参加することは、全てについて判断を求められるということだ。

  *        *       *

そこで大きな役割を果たすのがマスコミだ。マスコミの伝える事実は事実であると信用できることが大切だ。マスコミが伝える事実が事実かどうか受け手が確認しなければならないとしたら、そんな国では民主主義は崩壊するだろう。

  *        *       *

特定秘密保護法ができたとき、民主主義の終わりと騒いだ人々がいるけれど、朝日新聞の誤報事件の方が何倍も民主主義を危険にさらすのではないか。

  *        *       *

まとまらなくて、ごめんなさい。それから iOS8にしたからってiPhoneは防水になりません。ご注意ください。

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2014年9月19日 (金)

朝日新聞のバッチを配ってみたい

朝日新聞のバッチを配ってみたい

朝日新聞:日本ホッケー協会バッジ、旭日旗を連想? 韓国で問題視
http://www.asahi.com/articles/ASG9M677WG9MUTQP028.html

仁川(インチョン)アジア大会に出場するホッケーの日本男子選手が、韓国の女子高校生に日本ホッケー協会のバッジを渡したことが、問題視された。2本のスティックの下に太陽を描いた協会のバッジのデザインが、旭日(きょくじつ)旗を連想させたという。



日本協会の宮野正喜広報・マーケティング委員長は、「悪気があったわけではない。長い歴史のあるマークなので、今回の件でどうのこうのするつもりはない」。仁川入りしている日本オリンピック委員会(JOC)関係者も「相手を不快にさせようという意図は全くない。選手団には『堂々とやれ』と言った」と話した。組織委は詳細を調査中としつつ、「大会前だし問題を大きくしたくはない」と語った。

韓国で朝日新聞のバッチを配ってみたい。いや、そんなものがあるかどうかも知らないけれど。

# 問題になったバッジの画像はリンク先の記事にあります。朝日新聞のサイトに
# アクセスしたくない方は日本ホッケー協会 のサイトへどうぞ。ページの左上に
# あります。

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準備する

準備する

BLOGOS:【スコットランド独立投票】あなたなら家を出ていこうとする妻にどんな言葉をかけますか?
http://blogos.com/article/94635/

夫(キャメロン首相)は完全に妻(サモンド氏)の気持ちを読み誤った。もし、スコットランド独立賛成派が過半数を占めたら、日本はそこからどんな教訓を学ぶべきか。

もし、沖縄が本気で独立を考え始めたら、あなたならどんな言葉を選ぶだろう。(1)「不安をあおる戦略」か(2)「なだめ戦略」か、それとも心から愛の言葉を贈るのか。

沖縄が独立した場合への準備をする。沖縄がアメリカの影響下にとどまれば良いが、そうでない場合、中国の支配下に入るだろう。沖縄で暴動や衝突、難民の発生があるだろう。その難民をどうするか、受け入れるか拒否するか考えておかなければならない。また、日本に軍事援助を求めてきた場合も考えておかなければならない。

  *        *        *

沖縄が独立した場合、そして米軍基地を排除した場合(アメリカは法には従うので、地元政府が出て行って欲しいと要求すれば出ていくだろう)、中国の侵略を受けることになる。

中国は地元政府の意向なんて無視するので、言葉で出て行って欲しいと言っても聞いてくれないだろう。民主主義は終わり暴力による支配の始まりだ。

  *        *        *

スコットランドが独立を選んだ場合、長期的にはともかく、短期的には混乱が起こるだろう。独立派が仕事の大変さを判っているようには私には思えない。

日本の旧民主党政権以上の大混乱になるのではないか。

  *        *        *

独立を叫ぶことで中央政府からの譲歩を引き出す、これは戦術だと思うけれど、一歩間違えれば、感情的になってしまい、取り返しのつかない事態をまねきかねない。

  *        *        *

「アラブの春」は結局何をもたらしたのだろう。イスラム国だろうか。

民主主義、地方自治権は良いものであるけれど、それを求めることが必ず良い結果をもたらすとはかぎらない。

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2014年9月18日 (木)

これが日本だったら

これが日本だったら

時事通信:「正しい歴史認識」要求=柳条湖事件83年-中国外務省
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014091800841

中国外務省の洪磊・副報道局長は18日の記者会見で、満州事件の発端となった柳条湖事件から83年を迎えたことに関し、「日本が侵略の歴史を正しく認識して向き合い、平和発展の道を堅持し、実際の行動でアジアの隣国と国際社会の信頼を得るよう求める」と述べ、歴史認識問題で安倍政権をけん制した。

日本の政治家や行政(高級官僚)が、「これが正しい歴史認識だ。こう考えなくちゃいけない」と言ったら、どんな騒ぎになるだろうか。

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民主党分裂希望

民主党分裂希望

ダイアモンドオンライン:民主党は新体制で再生できるか!?
http://diamond.jp/articles/-/59253?page=2

このうち、今後大きな展開を期待できるのは、海江田・枝野体制となる民主党であろう。もちろんそのためには当面の重要課題に対する政策姿勢の明確化が絶対の条件だ。

最小限、①原発再稼働に反対する、②消費税増税の前に無駄遣いを排除、③集団的自衛権の行使を認めないことは断じて欠かせない。

なかでも②は、民主党の没落を招いた突出した理由である。消費税増税に至る経過に改めて謝罪する必要がある。もちろんこれに賛同しない人の離党や党の分裂を覚悟の上で突き進まなければ、失った信頼は決して取り戻すことができない。



念を押すが、先述の①~③の3つの課題にあいまいであれば、来年までに民主党は砂漠の中の川のように消えてしまうだろう。党内よりも広く世論を味方にして進んでほしい。

民主党が分裂して左翼政党・右翼政党が出来て、社民党や次世代の党と合流してくれた方が判りやすくて、自分としてはありがたい。

だけれども「①原発再稼働に反対する、②消費税増税の前に無駄遣いを排除、③集団的自衛権の行使を認めない」で現実的な政権運営が出来るとは思えない。

  *        *        *

「①原発再稼働に反対する」では、長期的にはともかく短期的には産業に悪影響があり、不況と失業、その結果としてのブラック企業の跋扈をまねくだろう(「すき家」が改善に動き出したのは、アルバイトに逃げられたからで、アルバイトが他の職場を見つけられたからで、それは好況になったからだ。下手な経済運営をして不況になったら、ブラック企業的な雇用をする企業が有利になる、ブラック企業が増える)。

「②消費税増税の前に無駄遣いを排除」、正しい理想だけれど、簡単にはできない。民主党の仕分けは見せ物としては面白かったかれど、それだけだった。増税の前にやることがあるだろう、と言うのは正しいのだけれど、それが終わらないと増税しないとなると、永遠に増税は出来ない。その結果、財政が破綻するまで、財政赤字の拡大は止まらない。あるいは福祉の切り捨てか。

「③集団的自衛権の行使を認めない」アメリカの軍事力が(相対的には)低下している現在、日本が集団的自衛権を否定したらどうなるだろうか。日米安保に悪影響を与えないだろうか。万一、安全保障に失敗したら、沖縄は戦地になりかねない。集団的安全保障には「まきこまれる」という危険もあるけれど、他国が日本を攻撃するハードルが高くなるという効果もあるし、日本が援助することで安全保障上の利益を得た国は日本に協力的になるだろう。

アメリカとの関係悪化を覚悟するのは簡単ではないし、関係悪化させたままで(関係悪化を表面化させたままで)政権が維持できるとは思えない。

  *        *        *

民主党には分裂し、引用した記事の3項目を墨守する人々を切り捨てることを望む。

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2014年9月17日 (水)

アイヌの教育を日本(シャモ・和人)に任せてよいか?

アイヌの教育を日本(シャモ・和人)に任せてよいか?

沖縄タイムス:沖縄の人々の権利保護を 国連委
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=81518

国連の人種差別撤廃委員会は、29日公表した対日審査会合に関する「最終見解」で沖縄の状況について言及、沖縄の人々の権利保護を重点に置いた対策を取るよう日本政府に促した。



アイヌ民族への差別問題についても、政府の対策が不十分との懸念を示し、アイヌ民族とその他の日本人との雇用や教育、生活水準の面での格差を埋めるため対策を強化するよう勧告した。

いま日本政府がアイヌの人々の学歴や教育についてサポートを厚くすると決めたとする。そうすればアイヌの人々は高学歴を得やすくなるだろう。しかし、その教育を得た人間はどんな人間になるだろうか。日本の文化に詳しくなるかもしれない、グローバル人材になるかもしれない。高収入を得るかもしれない。

しかし、では、日本の高等教育を受けた人間は(グローバル人材は)、アイヌの文化を深く理解し体得した人間になるだろうか?

  *        *       *

先住民族の文化はすばらしいと思うけれど、先住民族の文化・行動パターンと現在社会で成功する文化・行動パターンは矛盾するように思っている。

隔離された地域で隔離した文化を維持したいのであれば、それはそれで良い。

  *        *       *

アイヌの文化やアイヌの神々を日本の文化や日本の神話や神道に取り込むことに私は抵抗を感じない。日本各地の神社は土地土地の神々を祭ったものだと思っているので、その中にアイヌの神々が入ってきても私は抵抗を感じない。しかし、アイヌの神々にとっては変質になるかもしれない(これはアイヌの人々にしか判らないことだ)。

日本の多神教的な文化のなかにアイヌの場所はあるように思う。

  *        *       *

アイヌの方々が高等教育を受けてはいけないなんて言うつもりはない。しかし、日本の高等教育を受けること(受験勉強をふくめて様々な洗礼をうけること)はアイヌ文化を受け継ぐアイヌ民族の人間を育てるにはマイナスにしかならないだろう。

そして、文化を無くした民族は民族と言えるのだろうか。

  *        *        *

アイヌは遺伝子なのか、それともアイヌは文化なのか。

  *        *       *

アイヌが文化であるならば、「アイヌ民族とその他の日本人との雇用や教育、生活水準の面での格差を埋めるため対策」を行うことはアイヌ民族の消滅を促すものとなるだろう。

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全盲女生徒・知的障害・善意と地獄への道

全盲女生徒・知的障害・善意と地獄への道

沖縄タイムス:社説[障がい者への暴力]これ以上放置できない
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=83275

埼玉県で7月、全盲の男性が連れていた盲導犬が何者かに刺されひどいけがを負った。目の不自由な人が歩くのを助ける無抵抗な犬を刺すという卑劣な行為である。

同じ埼玉県で今月、特別支援学校に通う全盲の女子生徒が、通学途中の駅構内で脚を蹴られてけがをする事件もあった。生徒が持つ白杖(はくじょう)に接触し転倒したとみられる人物が背後から右膝を蹴ったという。

女子生徒の事件は、目撃情報などから容疑者の男が特定された。男には知的障がいがあり、刑事責任能力の有無を調べている。

事件をきっかけに、盲導犬へのいたずらや暴力、視覚障がい者への嫌がらせが他にもたくさんあると分かり、やりきれない気持ちになった。



目の不自由な人が白い杖を持って歩いてきたら道をゆずる、という当たり前のことが社会全体で共有できていないのだろうか。そうだとしたら、私たちの社会は病んでいる。

社会的弱者への理不尽な暴力には、警察や行政が連携して再発防止に力を入れるべきだ。



およそ国民の6%が何らかの障がいを有しているといわれる時代だ。高齢社会の進行で、この数字はどんどん増えていくだろう。

20年、東京でパラリンピックが開催される。卑劣な行為を放置してはおけない。

弱者保護も暴力を抑止し犯罪者を摘発するとに反対はしない。そういうことが起こらないように社会運動をすることにも反対はしない。しかし、完璧な抑止は出来ないという前提を持つべきだ。

もっと言えば完璧な抑止を目指すことは不幸をもたらすだろう。

  *        *       *

今回の加害者(被疑者)には知的障害があり責任能力に疑問があるという。そういった人間の行動を完璧に制限するにはどうすれば良いだろうか。

知的障害がなくなる(平均レベルの知的能力を獲得する)方法があれば良いかもしれない。しかし、そんな方法はない。責任能力に欠ける人間を、犯罪をするかもしれないからと、どこかに閉じ込めたりできるだろうか。それをする社会は良い社会だろうか。

確率をゼロにするのは無理とうか、無理な行動をしなければならない。ゼロに出来ないことを承知で、出来ることを考え実行しなければならない。

  *        *       *

盲導犬への暴力は、さらに難しい問題を示す。それは知的障害ではなく、おおげさに言うと人格異常を示唆しているからだ。人格異常という言葉がまずければ、価値観の問題と言い換えても良い。

盲導犬への暴力を認めることは出来ないけれど、おかしな人間が(他人をいじめて喜ぶ人が)いることも事実で、そういった人間を排除することの不可能性というか副作用が恐ろしい。

  *        *       *

目的は良い、方向性にも反対しない。しかし、ほどほどに、やりすぎないようにしないといけない。

適度な緩さのある社会の方が私は好きだ。しかし、悲しいことに、緩さのある社会は犯罪や事故が起きてしまう社会でもある。

  *        *       *

ところで、「およそ国民の6%が何らかの障がいを有しているといわれる時代だ。高齢社会の進行で、この数字はどんどん増えていくだろう」ということであれば、今後、障害者と健常者のトラブルではなく、障害者同士のトラブルが増えていくということだ。

今回の事件、全盲の女生徒を蹴ったのは知的障害者だという。これは強者が弱者をいじめるという構図では理解できないし処理することも出来ない事件だ。おなじような事件が増えていくのだろう。

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2014年9月16日 (火)

全盲女生徒・心ない人たち・多様な意見を許すこと

全盲女生徒・心ない人たち・多様な意見を許すこと

J-CAST:「全盲少女にも非があったのでは」 白杖につまずき蹴った加害者に理解を示す心ない人たち
http://www.j-cast.com/2014/09/12215842.html?p=all

JR川越駅(埼玉県)構内で全盲の女子生徒が何者かに蹴られ負傷する事件が起きた。白杖につまずき転倒した腹いせに背後から蹴ったとみられ、許しがたい行為にインターネット上には怒りが噴出している。

だが一方では、加害者側に理解を示したり被害者の「落ち度」に言及したりする人も少なからずいるのが現実のようだ。

全盲の女生徒が負傷した事件のことを、自分はニュースでしか知りません。ニュースでは、全盲の女生徒が蹴られて負傷したことぐらいしか報道されていませんでした。おそらく、このニュースについてコメントした多くの人々も自分と同じ程度しか知らないでしょう。

で、その程度の情報で、世論が一色になって、被疑者(加害者)を非難する意見しか出なくなったとしたら、それはどんな社会でしょうか。被疑者の立場を全く考慮せずマスコミの報道を鵜呑みにする方々ばかりの社会ということではないでしょうか。

  *        *       *

どんな凶悪な犯罪者であっても、裁判では弁護士がつきます。そして被疑者(加害者)の立場にたって意見を述べることが許されています。

  *        *       *

ひとめでどちらかが悪いとはっきり判る、どちらに同情・共感すべきかはっきり判るようなニュースが流れても、それでも被疑者(加害者)の側に立つ意見も出てくる社会が健全な社会であると、私は思います。

  *        *       *

もちろん、そんな意見が出てくる社会は嘆かわしいと言う意見が出てきても、それはそれで良いと思います。それもまた、多様な意見のひとつだと思いますから。

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フォールスメモリー(偽の記憶)

フォールスメモリー(偽の記憶)

NHK:臨死体験 立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0914/

『私』という存在は死んだらどうなるのか、死ぬとき『私』は何を見るのだろうか――。 20年余り前、臨死体験について徹底的に取材し考察を深めてきたジャーナリスト/評論家立花隆さん。74歳を迎え、がんや心臓の病を抱えて死を間近に感じる今、再び臨死体験の最新研究の現場を見つめ、“死”について思索しようとしている。

いや、どんなに頑張っても「死の直前」までで、「死」そのものは、知りようがないじゃん、あくまでも「臨死」体験なんだからさ。と思いはしたものの面白かった。

知ってはいたものの再認識させてもらったのが「フォールスメモリー(偽の記憶)」。以下は「フォールスメモリー」で検索して見つけた記事。

ガジェット通信:自分の記憶にだまされる? フォールスメモリーの恐怖
http://getnews.jp/archives/309896

フォールスメモリーは①無理やり思い出す②無理やり思い出すために帳尻を合わせるように偽りの記憶を合成する③合成された記憶を事実であると思い込む。という図式で出来上がる。精神分析や催眠療法のカウンセラーは「抑圧された記憶を思い出せば心の不調が治る」という治療理論をもっているので、メンタルに不調を抱えているクライアントに対して、「過去に虐待やいじめ、セクハラなどのトラウマがあった」ということを前提にセラピーをすすめる傾向がある。その結果、過去に何もトラウマが無かったとしても、クライアントの過去に何らかのトラウマがあったかのように誘導してしまう。

放送されたNHKスペシャルでは、実際にフォールスメモリーを植え付ける実験ついてもあった。うまく誘導すればいろんな過去を捏造できてしまうのだろう。

  *        *        *

宗教や政治団体でこういったことをしたら、というかしているのだろう(科学的にではなく経験的な方法で)。

けっこう怖い。

  *        *        *

フォールスメモリーは、自分自身でも作り出す。自分に都合の悪いことは思い出さない、自分に都合の良いように思い出してしまうのもあることで、これは小さなフォールスメモリーなのだろう。

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フォールスメモリー(偽の記憶)は、個人だけでなく組織や国家・社会でも起きるのではないか。例えば、神話や国家建国の英雄譚などは記録は残っていなくても、なかば事実として扱われていないか。

いや、害がなければ、別に良いんだけれどね。

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中国や韓国には、日本に対するフォールスメモリー(偽の記憶)があるようにおもう。そして日本のマスコミや良識派がそれを後押ししたように思っている。

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最初の切掛は他人だったりするかもしれないけれど、フォールスメモリを持ってしまうと自分で自分をだましてしまう。本人は信じているのだから、どうにもならない。

言えることは「明確な証拠がないことは、(ちょっとだけで良いから)疑問を持とう。自分が疑問を持てなくても、疑問を持っている人を許そう」ということだけ。

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2014年9月15日 (月)

他山の石、でもない

他山の石、でもない

朝鮮日報:【コラム】セ号特別法と朴大統領の「7時間」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/09/13/2014091300882_2.html

真相調査委に与えようという起訴権と捜査権は「なぜ子どもたちは死んだのか」という事故の本質を問うためのものではない。「朴大統領の7時間」が標的だ。一方では、朴大統領を潜在的被疑者として扱いつつ、一方では、7時間の動きをめぐって疑惑を膨らませ、ゴシップにするという付随的効果も狙っている。国家的悲劇ですら道具にするこうした政略が、国を人質にしている。

韓国ほどじゃないけれど(韓国の方が激しいという印象をもっていますが)、日本だって笑っていられない。典型的なのが、国家予算が決まるころ(2月~3月)の野党の行動。とにかく、なんか理由をみつけて国会審議を止めようとする。そういったニュースを見る度に鬱になる。

「国家的悲劇ですら道具にするこうした政略が、国を人質にしている」

他山の石としたいと言いたいところですが、自分の足元にも同じ石がころがっているように思います。

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2014年9月14日 (日)

ヨーロッパが小さく分裂したら

ヨーロッパが小さく分裂したら

朝日新聞:英の住民投票―「国家」の議論深めよう(2014/09/14)
http://www.asahi.com/paper/editorial2.html

一方で、独立によってスコットランドが手にする権限は、実は必ずしも多くないともみられる。英国を含むEU加盟国は、主権のかなりの部分をすでに、EUに移譲しているからだ。

それは、2度の大戦を経て欧州が得た教訓に基づいている。国同士が張り合うより、互いに結びつき、協力、統合の体制を築く。こうした長年の取り組みが、EUの構築に結びついた。

スコットランドの独立を巡っても、EUが大きく周囲を包んでいるからこそ、紛争に陥ることなく冷静に議論をする素地がつくられたといえる。

欧州以外の地域は、国家の枠組みを絶対視する価値観が今も強い。そこに暮らす私たちにとって、今回の投票が浮き彫りにする欧州の成熟ぶりに、学ぶべき点は少なくない。

ロイター:コラム:スコットランド独立を支持しない「10の理由」
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0H70E520140912?sp=true

5)イスラム過激派やロシア、中国などに対する弱腰批判を国内外から受けているオバマ米政権は、欧州がより大きな責任を引き受けることを求めている。スコットランドの独立は、責任回避の例となりかねない。独立国家の地位を求める地域が国際的な厳しい責任からは逃れつつ、世界には各種脅威からの保護を求めるという悪い例を示すことになるだろう。

結局のところ「暴力」の問題です。人間は集団で利益を求める動物で、他の集団と折り合いがつかなければ暴力に訴えてしまいます。そして大きな暴力を持っている側が利益を得ます。

  *        *       *

ヨーロッパのいろんな地方がスコットランドが求めているような独立をしたらどうなるでしょうか。

小国家群がアメリカやロシアのような大国に蹂躙されてしまわないでしょうか。それとも、EUとしてまとまるから大丈夫でしょうか。

  *        *       *

小国家群が大国に蹂躙されてしまう場合、独立しないほうが良かったとなります。

EUとしてまとまる場合は、EUが国家としてふるまいスコットランドは国家というより地方自治体的な立場になります。この場合、独立の意味はあるんでしょうか。

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沖縄独立なんてことを言う人もいますが、軍事力や経済力の裏打ちのない独立は、他国の侵略をまねくか形だけのものに止まるでしょう。

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2014年9月13日 (土)

これは意図的?無神経?

これは意図的?無神経?

日本経済新聞:原発規制の報道でテレビ朝日が謝罪 「事実誤認あった」
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO77038570T10C14A9CR8000/

謝罪したのは10日の同番組の報道で、原子力規制委員会の田中俊一委員長の記者会見内容を誤って伝えたという。

規制委の審査書案でミスが見つかった竜巻の影響評価ガイドに関する質疑の内容を、火山のものと誤解して放送。さらに2人の記者が別々に質問した後に田中委員長が「答える必要がありますか? なさそうだからやめておきます」と一切の回答を拒否したように放送したが、実際には最初の記者の質問には答えていた。

規制委がテレビ朝日に訂正と謝罪を求めていた。

自分もブログを書くときに引用をします。どの部分を切り出すかは意図的で、どこを切り出すか、そこに自分の意志が表れているのだと思います。

テレビ番組の場合には、というか私のブログのように単純な場合でないものは、引用、切り出すだけでなく、前後関係に編集者(大きく言うと、テレビ局)の意志が、そこに表れます。

「2人の記者が別々に質問した後に田中委員長が『答える必要がありますか? なさそうだからやめておきます』と一切の回答を拒否したように放送したが、実際には最初の記者の質問には答えていた」

ここを編集した編集者は何を言いたかった(表現したかった)のでしょうか。何を意図してこのような編集をしたのでしょうか。それとも、やっつけ仕事で注意していなかっただけなのでしょうか。

  *         *        *

マスコミの火付け能力は低下していくかもしれません。

大手の新聞(弱小ミニコミやブログなどではない)のようなきちんと取材していると思われているマスコミでも、トンデモな誤報をすることがあります。

どこかの新聞が、あるいはテレビ局が、自分の感情に触れるような報道をした。きらいな政党・政治家がやらかしたと報道した。そういった場合に、吹き上がって暴れてしまうと、あとで誤報だったと判った時に、とっても気まずいです。謝れない性格のひとだと、誤報と判ったあとも強弁してしまって立場をなくすかもしれません。

自分の感情に触れるようなニュースを見聞きしたときには、まず、深呼吸して別ソースをさがして、ツイッターなどで事実関係を否定している人間がいないか探して、それから行動するようにしないといけません。

マスコミが報道しても、みんな様子見で、なかなか世論に火がつかない、火がつく場合もゆっくりじわじわ、そういった状況になるかもしれません。

  *         *        *

と言うか、マスコミの報道をみて簡単に火がついてしまうような人は、喰い物にされそうで心配です。

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2014年9月12日 (金)

形式的に

形式的に

東京新聞 社説:川内原発 安全の合格証ではない
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014091202000165.html

外部の専門家からの指摘や国民の声は軽視されているようにしか、受け取れない。

形式的に基準を満たせば済むという、規制当局と電力会社の甘い姿勢が福島の事故につながった。それを一掃するために、規制委ができたのではなかったか。

このままでは規制機関への不信が再び募る。不信と不安を残したままの合格証には価値がない。

東京新聞:原発関連死、1100人超す 福島、半年で70人増
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014091102000147.html

東日本大震災から十一日で三年半。東京電力福島第一原発事故に伴う避難で体調が悪化し死亡した事例などを、本紙が独自に「原発関連死」と定義し、福島県内の市町村に該当数を取材したところ、今年三月の調査から半年間で七十人増えたことが分かった。事故後の合計は少なくとも千百十八人。原発再稼働に向けた動きが進むが、事故の被害は今もやんでいない。

「形式的に基準を満たせば済むという、規制当局と電力会社の甘い姿勢が福島の事故につながった」

なんだかなぁ。

避難させて死にいらしめる。形式的にミリシーベルトで避難させている、その結果、「原発関連死」で「1100人超す」に至ってしまう。

単純な避難こそ「形式的」と避難させるべきではないでしょうか。

少なくとも、漏洩した放射能では死者はゼロで、今後も果てしなくゼロに近いでしょう。その一方で「原発関連死」で「1100人超す」のであれば、避難したことの是非・避難区域が過剰だったのでないか・基準が厳しすぎたのではないかと問うべきではないでしょうか。でなければ形式的な社会正義をタテマエにして原発をいじめているだけにすぎませんから。

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国連終了のお知らせ?

国連終了のお知らせ?

時事通信:ロシアの「国際法違反」批判に反論=米国務長官
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014091200033

ケリー米国務長官は11日、サウジアラビア西部ジッダでの記者会見で、ロシア外務省が米国のシリア空爆に際して国連安保理の決議を得なければ「国際法違反になる」と批判したことに関し、ロシアによるウクライナ軍事介入に触れた上で「国際法について語るのはいかがなものか。驚きだ」と反論した。

国連安保理で議決があれば武力攻撃しても、国際法違反にはならない。そのお墨付きを出せることが国連の大きな価値だ。そして、常任理事国は拒否権を持っている。

  *        *        *

アメリカが国連安保理の議決もなくシリア政府の承認もなく、シリア国内で武力を行使したら、それは今までの国際法(習慣?)からすると、違反と言うしかありません。そして法律やなんとか委員会の価値は、みんなが守るか、守らせる強制力がなければ、なくなってしまいます。

  *        *        *

アメリカが国連の安保理を無視したとしても、安保理にはアメリカを罰する力はありません。

アメリカがシリアを空爆したら、安保理の価値や権威が大きく傷つけられることになるでしょう。

  *        *        *

安保理の権威が傷つくことは、常任理事国という立場の価値が低下することでもあります。それは(中国が常任理事国であることの力も弱くなるわけですし)歓迎しなくもないんですが、秩序の変化は混乱をまねきます。安保理というものが示す国際社会の秩序が弱くなり、次の秩序が出来上がるまでの混乱を恐れます。

  *        *        *

一回の空爆で国連が終わってしまうとは思いませんが、国連と安全保障理事会の危機であることは間違いありません。

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2014年9月11日 (木)

自由化は格差をもたらすので、

自由化は格差をもたらすので、

NHK:首相がフリースクール視察 支援検討
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140910/k10014507781000.html

安倍総理大臣は、不登校の子どもたちなどが学ぶ、東京・北区のフリースクールを視察したあと記者団に対し、学習面や経済面でどういう支援が可能か検討するよう、下村文部科学大臣に指示する考えを示しました。



そのうえで、安倍総理大臣は「さまざまな生き方、学び方があるということも受け止めながら対応していくことが大切であり、学習面において、あるいは経済面において、どういう支援ができるか検討するよう、下村文部科学大臣に指示したい」と述べました。

フリースクールを否定はしないけれど、自由化は格差をもたらすということを意識した上で、こういった既存のルールからはみ出した学校に対する態度を考えたい。

  *        *       *

医療が完全に自由化されたらどうなるだろうか。

大部分の一般人は医学の知識を持っていない。私だってアスピリンとか抗生物質とか名前は知っているけれど、それがどういうメカニズムで効くのか知らないし、渡された薬に、それが入っているかどうかなんて判らない。つまり信用するかしないか、それしかない。

逆に言うと、人を騙すのにたけた人間がいれば、好き放題できてしまう。さらに逆に言うと、きちんとした教育を受けて知識や技能を持っている人間なら、自由化されても騙されることなく、必要な医療を選択できるだろう。きっとそれは今の医療費よりも安くて快適で良い結果をもたらすだろう。

つまり、医療が完全に自由化されると、騙される人間と騙す人間、見抜く人間と見抜けない人間が出てきて、それがそのまま命の格差につながる。

  *        *       *

教育も同じだ。

騙される人間と騙す人間、騙すつもりはないけれど間違った指導をしてしまう人間、判らずに従ってしまう人間が出てくる。もちろん正しい選択をする人間も出てくるだろう。教育は命に直接は繋がらないかもしれないが、人生にはつながる。

教育の自由化は人生の格差につながるだろう。

  *        *       *

自由化もフリースクールにも反対はしない。反対するほどの知識は持っていない。しかし、自由化、既存の枠・政府の枠にとらわれない教育を公金で支援することは、教育格差と人生の格差をもたらすだろう。どちらの教育・どんな教育を受けた人間が勝者となり敗者となるか、どんな人生を送るかは判らないけれど、格差が開くとだけは自信をもって言うことが出来る。

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まぁ、なんだ、がんばれ

まぁ、なんだ、がんばれ

朝日新聞:吉田調書「命令違反で撤退」の記事取り消し 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASG9C63FTG9CUTIL04Q.html?iref=comtop_6_01

朝日新聞社の木村伊量社長は11日、記者会見を開き、東京電力福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会が作成した、吉田昌郎所長に対する「聴取結果書」(吉田調書)について、今年5月20日付朝刊で報じた記事を取り消し、読者と東京電力の関係者におわびしました。報道部門の責任者である杉浦信之取締役編集担当の職を解くとともに、木村社長も改革と再生に向けた道筋をつけた上で、進退を決めます。その間の社長報酬は全額カットします。

報道機関は、新聞も含めてですが、正確さが命です。事実を曲げて伝えてしまう報道機関は報道機関としての存在価値はありません。例えて言うなら、お腹が痛くなるような料理を出すレストランに存在価値が無いのと同じです。

  *        *        *

朝日新聞はイデオロギーに振り回されているように見えるというか、エライ人の気持ちに振り回されているんじゃないでしぃうか。例えて言うなら、社長の肝入りのプロジェクトが泥沼状態で赤字垂れ流しなのに社長の肝入りだから中止できなくて、経営に悪影響があるのが判っているのにダラダラと続いている。

で、そういったプロジェクト(つまり慰安婦問題)があると、他のプロジェクトにも悪影響が出てきます。あのプロジェクトでああなんだから、こっちでもこんなもんで良いだろうというモラルハザードが起きる。

その結果は、低品質な製品(新聞の場合は、記事・報道内容)となって表れます。

  *        *        *

他人の会社の心配をしてもしかたありませんが、朝日新聞は社内から革命でも起こさないかぎり潰れてしまうんじゃないでしょうか。

  *        *        *

多くのお客にとって、レストラン1軒が潰れたところで、たいした影響はありません。同じように朝日新聞が潰れたところで、日本人の多くは別の新聞を読むだけでしょう。

まぁ、なんだ、その、がんばれ。

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それを「言いがかり」と言う

それを「言いがかり」と言う

伊勢新聞社:大観小観(2014年9月10日)
http://www.isenp.co.jp/taikan/taikans.htm

▼迎えの馬にさっそうと乗って出勤していた旧日本軍幹部の父が敗戦決定後、虚脱した表情で持ち帰った資料を何日も燃やしていたという文章を読んだことがある。あちこちで見かけた光景に違いない。戦中の軍の行動について、公式文書がないことが事実がなかったことにならないことを改めて考えさせられた。

証拠が無いことは無実の証明にはならない。けれども不十分な証拠で誰かを悪く言うことを「言い掛かり」と言います。証拠がないのに罰してしまうことが許される世の中だったら冤罪がどんど産まれることになる。

そして十分に確実な証拠があっても誰かを悪く言ったら関係は悪化する。

  *      *      *

誰かを悪く言うときには証拠と覚悟が必要です。

自分も心したいと思います。

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2014年9月10日 (水)

民主国家において政府の行為と国民の意志は分離できるか

民主国家において政府の行為と国民の意志は分離できるか

第96回 「朝鮮人は死ね!」と「朝鮮人は出ていけ!」に違いはあるか
http://kanrishoku.jp/facebook/column/095.html

われわれは、やむを得ずアメリカに移民せざるを得なかった日本人が、「排日移民法」により、第二次大戦中に人種差別的に強制収容所に送られ、徹底的に差別され、迫害され、財産すらも没収された歴史を知っている。そのとき吐かれた言葉が「ジャップ・ゴー・ホーム」だったことを、忘れてはいない。

われわれが憎むべきは、米国政府および米軍であって、アメリカ人一般ではない。「ヤンキー・ゴー・ホーム!」は、アメリカの軍産複合体の権力者とアメリカ国民を同一視する反人民的思想と言わざるを得ない。

「朝鮮人は出ていけ!」も「ヤンキー・ゴー・ホーム!」も、そして「ジャップ・ゴー・ホーム!」も、排外主義的なヘイトスピーチなのである。それゆえ立法化が期待されるヘイトスピーチ規制法では、等しく取り締まりの対象となるだろう。

ヘイトスピーチに対する見方や意見には賛成する部分が多いのだけれど、ちょっと引っかかったというか違和感を覚えた。

「われわれが憎むべきは、米国政府および米軍であって、アメリカ人一般ではない」

米軍は米国政府の指揮下にあり、米国政府はアメリカ国民の選択した政治家(大統領)によって指揮監督されいる。米国政府が行動の根拠にする法律はアメリカ国民の選択した政治家(上院・下院の議員)によって定められている。この状況下で米国政府を憎むことはアメリカ国民を憎むことにならないだろうか。

  *        *       *

米国政府や米軍を批判してはならないとか、従うべきだと言っているのではない。利害や主義主張・価値観の違いがあれば批判し議論するべだ。疑問に感じたのは、「われわれが憎むべきは、米国政府および米軍であって、アメリカ人一般ではない」つまり、米国政府を批判したり憎んでおいて、米国民は別ということが成り立つのかどうか、と言うことだ。

  *        *       *

アメリカは日本と同じく民主国家だ。問題点が無いとはとても言えないけれど、国民の意志が政府の行動に反映し、米軍の行動にも反映している。

米国政府と米軍と米国民を切り離すのは無理があるのではないか。

  *        *       *

民主国家同士において国家の対立は国民の対立だ。民主国家同士が対立したなら(例え戦前の日本とアメリカ、現在の日本と韓国)、その先には独裁国家同士が対立したよりも大きな悲劇が待ち構えているのではないか。

  *        *       *

民主国家において、政府と国民を分離して考えることは難しい。その国の政府や軍の行動に不満や批判があるならば、その国の国民世論に働きかけることを第一とするべきで、政府を憎むのは、なにか間違っているように感じている。

  *        *       *

私は戦前の日本を「欠陥はあったであろうが民主国家であった」と思っています。少なくとも普通選挙を(他国に強制されることなく)行っていたのですから。

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それでも、まだマシ

それでも、まだマシ

朝日新聞 社説:経団連と献金―民主政治に資するのか(2014年09月10日)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

企業がもうかれば国民も豊かになる。そんな図式が崩れていることは、国民自身がよくわかっている。多額の手元資金をため込みながら政権に言われるまで賃上げを渋った企業が目立ったことでも明らかだ。

でも、企業が儲からないで良いとは言えない。つぶれて失業したら困るから。

  *        *        *

現政権が賃上げを企業に求めたのは事実で、それで賃上げされたように見えたのも事実。でも、そこで自民党政権だから、そういうことが出来た。経済成長する・儲かるという予測をさせる(企業経営者にそう思わせる)ことが出来なければ、政権が呼びかけなければ、それは出来ない。

  *        *        *

シンプルに「企業がもうかれば国民も豊かになる」とは行かないけれど、民主党政権の時代には、賃上げなんて夢の夢だった。それに比べれば、いまのほうが、まだまだマシだ。

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2014年9月 9日 (火)

警察は敵ではない

警察は敵ではない

財経新聞:【コラム 江川紹子】ヘイトデモは保守本流から外れた非愛国的行為
http://www.zaikei.co.jp/article/20140908/212846.html

過去のヘイトデモの映像を見ていると、警察が何もしていないことに驚く。あたかも、差別・憎悪表現をまき散らしている人たちを警官隊が守っているかのような錯覚に陥る場面もあった。現場にいた人の話を聞いても、特定の人の名前を挙げて、「殺せ、殺せ」と叫んでも、警察官は見ているだけで、たまりかねて「やめさせてくれ」と申し入れた人を制するような場面もあった、という。

警察は敵ではない。こういったデモに対立する側の人間からすると敵対しているように見えるかもしれないが、警察がこういったデモの側にあるわけではない。彼らの望みは、現行法の下でおだやかに(暴力行為なしに)デモを終わらせること。そう思っているので、彼らの行動が完璧だとはいわないまでも十分に役割を果たしていると思っている。

  *       *      *

「警察官は見ているだけで、たまりかねて『やめさせてくれ』と申し入れた人を制するような場面もあった」、過激な言葉を吐くデモ隊に対して止めさようとすれば、どうなるだろうか。うまく止まるかもしれないが、一歩間違えば暴力沙汰になる。

ヘイトスピーチ規制法などが出来て、止めることの法的根拠がはっきりしていて、警察の側に準備(機動隊とか)があって、圧倒的に制圧できるのでなければ、警察もやりたくない(やらせたくない)だろう。

  *       *      *

シリアで国連のPKO要員が反体制派に拉致されるとう事件があった。国連は中立ということになっているが、政治的な立場によっては国連の活動が邪魔だったり敵対しているように見えることもある。

  *       *      *

いくつかの政治的立場があって対立があって、そこに軋轢がある、暴力的になりかねない場合、そういった状況では、秩序を保つ側にある警察がいちばん苦労する。警察は敵ではない。自分の側でないものは、敵対する側だ、なんて思ってはいけない。

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2014年9月 8日 (月)

ニューヨークタイムスの差別発言?に思うこと

ニューヨークタイムスの差別発言?に思うこと

スポニチ:錦織快挙の理由は「非日本人的な能力と思考方法」 米紙が分析
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/09/08/kiji/K20140908008894640.html

テニスの錦織圭は8日、全米オープン男子シングルス決勝に臨み、クロアチアのチリッチと対戦する。日本選手として初めての4大大会シングルス決勝。ランキングが世界10位圏内に入っていない選手同士の異例の対戦に米国では驚きと期待が高まる。地元のニューヨーク・タイムズ紙は東京発で13歳の若さで米国に渡った錦織の「日本人離れした特質」が快挙につながったと評した。

7日付紙面で1面からスポーツ面にかけて錦織の決勝進出を大きく報じた同紙。8日付も続報を掲載するとみられ、電子版には錦織とテニスの歩みを詳細に盛り込んだ。

もし日本の新聞が韓国人スポーツ選手の活躍を「韓国人ばなれした性格があったから」活躍できたと報じたらどんな反応があるでしょうか。

  *        *       *

もちろん立場によって許される発言は異なります。しかし、発言は発言で、発言した当人の価値観や気持ちを表しています。ニューヨークタイムスは「日本人らしさ」と「テニスでの活躍すること」は両立しないと思っているということです。

私には、このことが正しいかどうかは判りません。けれども、日本の新聞が韓国人スポーツ選手の活躍を「韓国人ばなれした性格があったから」活躍できたと報じたときに、あるいは日本の政治家が「中国人らしくない特質ゆえに活躍できた」などと発言した時に非難する人々は、この発言を非難しないとしたら、そこに矛盾を感じます。

日本ではダメでニューヨークタイムスなら許されるロジックを私は思いつきませんから。

  *        *       *

もっとも私は、この種の発言にはおおらかであるべきだと思うので、ニューヨークタイムズの発言を非難はしません。そして日本で行われるこの種の発言にもおおらかであるべきと思っています。

  *        *       *

ニューヨークタイムスがこの種の発言を厳しく追求している新聞かどうか、私は知りません(なんとなく厳しいだろうとは思っていますが)。けれども、こういった記事を許している新聞ならばこの種の発言にもおおらかであってほしいとは思います。

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原因を言わないで結果を求める

原因を言わないで結果を求める

中日新聞 社説:格差拡大は成長妨げる 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2014090702000102.html

それは「経済成長率よりも資本収益率が常に上回っている」、つまり労働者が汗水たらして働いて得る賃金の上昇(国民所得の伸び)より、金持ちが不動産や金融資産から得る利益の増え方の方が高い。持つ人と、持たざる人の格差は拡大していくという受け入れがたいともいえる事実でした。

例外は戦争と大恐慌時。資本が破壊されて一時的に格差は縮小するのです。不気味なのは最近の格差の水準が、第一次世界大戦直前に近づいていることだと、ピケティ氏は「警告」します。

さらに格差は相続によって親から子へと継承され、氏はこの「世襲資本主義」は果たして公正なのかと問い掛けます。

単なる金持ちが金持ちなだけで、「金持ちが不動産や金融資産から得る利益の増え方の方が高い」という状態にはならないだろう。金持ちも金持ちなりに働いて何かを生産している。

なぜ、「労働者が汗水たらして働いて得る賃金の上昇(国民所得の伸び)より、金持ちが不動産や金融資産から得る利益の増え方の方が高い」という状態になるのか。その理由が判らなければ対策は間違ったものになって逆効果にさえなるかもしれない。

  *        *        *

格差拡大を批判している言論はよくみるし、格差拡大の弊害も理解する。しかし、格差拡大の理由や原因を説明したものは少ない。

原因を言わないで結果を求めるのは、子供やお客さんの特権だ。社説のとる態度ではない。

  *        *        *

ところで、「例外は戦争と大恐慌時。資本が破壊されて一時的に格差は縮小するのです」ということであれば、資本家は戦争ではなく平和を求める勢力(平和勢力)になるでしょう。

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2014年9月 7日 (日)

決断できる?

決断できる?

毎日新聞 社説:NATO 不透明な世界の重しに
http://mainichi.jp/opinion/news/20140907k0000m070079000c.html

世界の風向きが変わったのである。冷戦終結後、四半世紀にわたって協調を模索してきた米欧とロシアの対立が深まり、米国主導の軍事機構・北大西洋条約機構(NATO)は4、5両日の首脳会議で、ロシアへの強い不信感を打ち出した。その典型的な例は、2〜3日で目的地へ派遣できる「速攻部隊」(約4000人規模)の創設である。



ロシアとの対立を穏便に乗り切り、イスラム過激派との戦いに勝ち抜く。前途は多難とはいえ、最強の軍事機構(NATO)が世界の平和と安定の重しになるよう期待する。

今回のウクライナの件の前からこういった即応部隊・速攻部隊があったとして、政治はこの部隊を活用できるだろうか。科学技術の発展・インフラの整備・軍事技術の進歩によって2~3日で目的地へ部隊を派遣できるようにはなるだろう。しかし、ウクライナにロシア軍(?)が侵入したときに直ちにウクライナ東部へ投入すると決断できるだろうか。

部隊の能力としてはともかく、政治の手続き・各国間の調整によって結局は同じ結果になるような気がする。

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こころの自由

こころの自由

河北新報 社説:日中関係改善/微妙な変化を確かな流れに
http://www.kahoku.co.jp/editorial/20140906_01.html

昨年12月に安倍首相が靖国神社に参拝後、習氏が公の場で関係改善への意欲を表明したのは初めて。その微妙なシグナルを見落としてはならない。

日本の侵略を痛烈に批判し、靖国神社参拝などをめぐる「歴史認識」で譲らない立場を強調し、安倍政権をけん制してはいる。ただ、冷え込んだままの日中関係の打開に向けて糸口を探る姿勢をうかがわせており、その意図を正確に読み取って、対応すべきだということだ。

中国は日本に「中国と同じように思え」と要求している。内心の自由・良心の自由・思想信仰の自由と言ってもタテマエにすぎない部分があるけれども、中国は日本に心の自由を認めていない。

日本国民が(そこそこの)自由を享受できているのは、日本国に実力(この場合は軍事力)があるから。

中国との関係改善に反対はしないけれど、こういったことは意識しておきたい。

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2014年9月 6日 (土)

社会的価値

社会的価値

朝日新聞:保育園児の声は騒音? 近隣住民の1人が提訴 神戸
http://www.asahi.com/articles/ASG936T45G93PIHB02Q.html

「子どもたちの声がうるさい」。神戸市東灘区の保育園をめぐり、近隣住民の1人が、防音設備の設置や慰謝料100万円の支払いを求める異例の裁判を神戸地裁に起こした。静かな暮らしを望む住民側と折り合えず、保育園建設が難航するケースも各地で相次ぎ、共存が大きな社会問題になっている。

5日にあった第1回口頭弁論で、園側は請求棄却を求めた。一方で原告の70代男性は、保育園の開園前からの住民で、「自由に窓を開けられる以前の生活環境を取り戻したい。親には心地よい声も毎日聞かされる他人には苦痛です」と意見を述べた。

子供達の育つ場所を確保することと、お年寄りの静かな生活。どちらが社会的な価値をより大きく持つのだろうか。

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ロックだぜ

ロックだぜ

しんぶん赤旗:戦争させぬ 5500人の熱気 9条壊すな 総がかり行動 東京 「閣議決定」撤回に追い込もう
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-09-05/2014090501_01_1.html

日本共産党の志位和夫委員長はあいさつで、「この秋のたたかいで攻めに攻め、集団的自衛権行使容認の『閣議決定』を撤回に追い込もうではありませんか」と呼びかけました。

志位氏は、あらゆる暴走に対する「一点共闘」を広げに広げ、安倍政権打倒の国民的大運動へと合流させようと訴え。「安倍政権を打ち倒し、戦争への道を大本から断ち切ろうではありませんか」と力を込めました。

「戦争」と「たたかい」って、どう違うんでしょうか。サイズ?規模?武器の種類?。そして、平和を求める(少なくとも彼等はそう言います)日本共産党が「たたかい」を呼びかける。

  *        *      *

平和を求めて戦う。戦争を起こさない為に軍備を用意する。仲間を作る(集団的自衛権)。これは人間の現実であり仕方のないことです。ただ、日本共産党は軍備の増強や集団的自衛権に反対している。そういったことがあるので、「たたかいで攻めに攻め」とか「一点共闘」(「共闘」って集団的自衛権だよね)と聞くと、なんだか笑ってしまいます。

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2014年9月 5日 (金)

格差問題

格差問題

産経新聞:全米150都市で同時デモ、ファストフード従業員ら時給15ドル求める「家族養えない」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140905/amr14090514180005-n1.htm

従業員らの活動は約200万人が加入するサービス従業員国際労働組合(SEIU)が支援。参加者はニューヨーク、ロサンゼルスなどでファストフード店の前で座り込みや道路の封鎖を行った。米メディアによると、全米で100人以上の逮捕者が出た。米国のファストフード店従業員の時給は平均約9ドルで、年収は約1万9千ドル程度。参加者は「懸命に働いてもこの収入では家族を養えない」との不満の声を上げている。

これはアメリカの話ではあるけれども、日本でも他人事ではない。時々、マクドナルドで白髪まじりの人が働いているのを見る。昔はマクドナルドは学生バイトのものというイメージだったけれども今は日本でもそうではない。いまの日本で、一生、マクドナルドのバイトで働く人間がいるかどうかは知らないけれど、近い将来の日本で、一生マクドナルドのバイトとして働く人が出てくることは確実だろう。

  *        *        *

いまの中高年にとってはバイトは学生か主婦のもので一生バイトで生計を支える人間がいるとは考えなかっただろう。いるとしたら本人の希望か特殊な事情(病気とか)しか理由を思いつかないだろう。

しかし、いま、一般的な人が一生バイトで生計を支えることもある、という前提にものごとを考えなければならない。

  *        *        *

自分は、一生バイトで低賃金の人が出てくることは避けられないし、それはそれで良いと思う。しかし、そういった人でも家族を持ち(結婚し)子供を育てることが出来る社会であるべきだと思う。子供の医療の充実・公教育の充実、奨学金の充実、そういったもので、子供を産むことの負担の少ない、勉強したい子供は勉強できる社会であるべきだ。

最低賃金については判らない(判断できない)けれど、子供の医療、教育予算・奨学金は拡充すべきだと思っている。

  *        *        *

ところで、

運動にはファストフード店の従業員同様、低賃金だと指摘される介護職員らも参加。米紙ワシントン・ポストのコラムニスト、ハロルド・マイヤーソン氏は、「2011年に格差是正を求めるデモ参加者がウォール街を占拠したときのような幅広い社会運動と見なせる」と指摘している。

こういった有識者の言葉、特に「社会運動」などという言葉を聴くと、とたんに胡散臭くて、尻つぼみに終わるような印象をもってしまう自分はひねくれているのだろうか(デモ隊が「ウォール街を占拠した」のは事実だけれど、何かを成し遂げたのだろうか)。

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民主政治における少数派の態度はどうあるべきか

民主政治における少数派の態度はどうあるべきか

北海道新聞 社説:第2次安倍改造内閣発足 多様な民意を聞き入れよ
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/560782.html

国民の「知る権利」を脅かす特定秘密保護法の成立の際に見られたのは、主権者としての国民を軽視する態度だ。集団的自衛権の行使容認は憲法の平和主義からの逸脱である。

憲法の基本理念と現実との乖離(かいり)をことさら強調して改憲への支持を広げ、最後は数の力で決着させる。そんな政治は容認できない。

少数意見の尊重は民主主義の基本原則である。多数による少数派の抑圧が行き過ぎれば激しい反発を招き、民主政治の運営が困難になる。議論を尽くし、接点を探る態度が大事だ。

民主政治を成立・維持するため多数派のあるべき態度は多く語られている。発言の機会を与えること、譲れるべきところは譲り接点を探ること、など。では、少数派のとるべき態度は語られているだろうか。

  *        *        *

少数派の意見は通らない。だから実施されない、責任もない、何を言っても良い。そういう甘えが少数派にはないだろうか。そして、そいういう甘えが何をもたらすだろうか。

多数派が、聴くふりだけすれば良いと思ってしまわないだろうか。民主政治の形骸化をまねかないだろうか。

  *        *        *

少数派より多数派には、より大きな責任がある。より多くの権限を持つことになるのだから当然のことだ。しかし、それは少数派に責任がないことを意味しない。民主政治のなかで発言の機会を与えられる以上、民主政治に資する発言をする(少なくとも破壊する発言をしないようにする)責任がある。

  *        *        *

日本の野党・政府に反対する市民団体の発言や行動を見聞きすると、私は、彼等は民主政治のなかでの少数派としての立場に甘えているように思うときがある。

  *        *        *

民主政治を成立・維持するため多数派の義務は確かにある。でも少数派にもるべき態度というものがある。それは語られているだろうか。

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2014年9月 4日 (木)

いのちがけの仕事

いのちがけの仕事

北海道新聞 社説:原発事故調書 全面公開し真相究明を
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/560352.html

退避の判断は、原発事故をめぐる本質的な問題を突きつけている。第1原発の危機時の対応は事実上、吉田氏を含む所員の使命感に委ねられた形だ。

万一の場合、民間企業である電力会社の社員に、死を賭した業務遂行を命じることが可能だろうか。政府と電力会社は、こうした事態を「想定外」としてきた。

これを不問に付したまま、原発を動かしていいのか。

重大事故は起こり得るとの認識に立てば、緊急時に残留する人員の確保という重大な決断に向き合わなければならない。

警察官・自衛権・消防士・海上保安官など自分の命が危険にさらされても行動することが求められている方々がいます。命の危険とまは言わなくても公共機関や公共的な企業で働いている方々には、災害時に、自分の家族のことがあっても現場で働くことが求められる方もいらっしゃいます。

いのちがけを要求される、自己犠牲を要求される仕事はあるのです。

そういった方々には、給与もそうですが、社会的な待遇・名誉でも報いるべきだと思います。

逆に言うと「逃げた」人間は厳しく批判されるべきでもあります。

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2014年9月 3日 (水)

アメリカは引かない

アメリカは引かない

CNN:イスラム国、再びジャーナリスト殺害か 次の犠牲者も予告
http://www.cnn.co.jp/world/35053229.html

ISはビデオで、次に殺されるのは英国人の「デービッド・ヘインズ」という人物だと警告した。米紙ワシントン・ポストによると、この人物はシリアで支援活動に当たっていたが、北部イドリブの避難民キャンプ付近で昨年3月に拉致されたとみられる。

ビデオに登場する覆面の男はオバマ米大統領に向け、「そちらのミサイルがわれらの民を攻撃し続けるように、われらのナイフは米国人らの首を切り続ける」と宣言した。また「米国による悪の連合に加わっている国にも手を引くよう求める」と述べた。

CNN:イスラム国、再びジャーナリスト殺害か 次の犠牲者も予告
http://www.cnn.co.jp/world/35053229-2.html

オバマ大統領は先週、シリアでの対IS戦略は「まだ決まっていない」と述べた。しかし新たな殺害ビデオが公開されたことで、強硬姿勢を求める声が強まるのは確実とみられる。

こういった暴力にアメリカは慣れている。イスラム国が人質を殺して脅したとしてもアメリカ引くことはないだろう。イスラム国が人質を殺すことでアメリカの行動を変えられると思っているのであれば、それは誤りだ。

  *      *     *

アメリカに手を引かせたいなら、人質を殺すより、人道的に振る舞って良い子ちゃんになって、同情を引いた法が良い。

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原発優遇反対

原発優遇反対

毎日新聞:原子力規制委:原発周辺の巨大噴火で「基本的な考え方案」
http://mainichi.jp/select/news/20140903k0000m040087000c.html

それによると、事業者がカルデラ噴火など巨大噴火につながる可能性がある異常を観測した場合、原子炉の停止や核燃料の搬出などを求める。また、「モニタリングによる異常の検知に限界がある」と認めた上で、「空振りも覚悟して巨大噴火の可能性を考慮した処置を講じることが必要」と指摘した。さらに、「(巨大噴火の)判断は、規制委が責任を持って行う」との方針も盛り込んだ。

巨大噴火が起きたとき被害を受けるのは原発だけではありません。一般市民も被害を受けます。原子力規制委としては原発のことを考えていれば良いのでしょうが、社会全体としては原発だけが守られたということでは困ります。マスコミは原発だけの安全で良いのかと追求しなければなりませんし、政治家は応える必要があります。

  *        *      *

巨大噴火の予兆かもしれないものが見つかったとき、原発だけ安全対策を行って一般市民の避難や防護がないのでは原発優遇と言えます。鹿児島県・九州南部からのすべての人間の緊急退避計画もなければいのちは守れません。

原発だけ安全になっても意味がありません。

原発優遇反対、です。

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2014年9月 2日 (火)

非難・糾弾してくる相手と仲良く出来るか

非難・糾弾してくる相手と仲良く出来るか

朝鮮日報:関東大震災から91年 民団が朝鮮人虐殺犠牲者を追悼
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/09/01/2014090103149.html

金秀吉(キム・スギル)民団東京本部団長は追悼の辞で、関東大震災は大きな天災だったと同時に流言により同胞らが無差別虐殺された青天のへきれきのような人災だったと指摘した上で、「日本人の蛮行は人類の歴史の恥辱として永遠に糾弾されるだろう」と述べた。

また、毎年追念式を開いていることについて「日本の非人間的な蛮行を糾弾しなければならないわれわれの使命を自覚し、蛮行の歴史を後世に伝えるためだ」と説明し、犠牲者の冥福を祈った。い

関東大震災のときに、「朝鮮人虐殺」があったかどうか、あったとして原因や責任がどうであるか、私は判断できない。何故なら政治的立場によって意見が異なっている、逆に言えばネットや書籍を読んでも、ついつい「著者の政治的立場がこうだから、こう主張しているのではないか?事実を事実として記録しているのか?」と疑ってしまうから。

  *          *         *

だから、私は、この記事で過去の出来事の責任追及をしたいわけではないし、出来ない。けれど、現在起きている出来事の原因の一つが引用した朝鮮日報の記事に書かれていると言いたい。

  *          *         *

死者の冥福を祈ることに抵抗なんか感じない。追悼式を開催する事を非難なんてしない。けれど、「日本人の蛮行は人類の歴史の恥辱として永遠に糾弾されるだろう」とか「日本の非人間的な蛮行を糾弾しなければならないわれわれの使命を自覚し、蛮行の歴史を後世に伝えるためだ」なんて言う相手と仲良くできるだろうかとは思ってしまう。

  *          *         *

人間は感情の生き物だ。事実がどうあれ、非難してくる・恨んでくる・糾弾してくる相手と仲良くするのは人間には難しい。これが「ヘイトスピーチ」の遠因になっているように私は思う。

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2014年9月 1日 (月)

遺伝子と文化

遺伝子と文化

北海道新聞:金子・札幌市議「日本人として暮らしている」「真面目な方々におわび」 アイヌ民族書き込みで会見
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/sapporo/559933.html

記者会見は金子氏の事務所で、アイヌ民族有志でつくる「金子やすゆき市議のアイヌ民族差別発言を究明する共同実行委員会」の質問状に対する回答文書を出した後に開かれた。

金子氏は会見で、アイヌ民族の認識について「民族は言葉、宗教、生活習慣が違う、独自な政治的な要求を含めたグループ。厳密な意味で、アイヌ民族は存在しない」「日本人として暮らしている中では民族とは言えないんじゃないか」などと持論を展開した。

また質問状が、利権を得ている人と真面目なアイヌ民族の人々を区別して発言するよう求めていたのに対して、金子氏は回答文書で「区別が不十分だとのご指摘は真摯(しんし)に受け止め、真面目に暮らしているアイヌの方々におわびを申し上げます」とした。

遺伝子としてアイヌを継承している方々は確実にいらっしゃることだろう。では、文化としてアイヌを継承している方々はどのていどいらっしゃるのだろうか。そして、アイヌ文化を継承することとは現代日本で暮らす上でどうなのだろうか。

  *        *       *

遺伝子としてアイヌを継承していない人でもアイヌ文化が好きで、そういったもの(アイヌ文化の影響を受けた衣類など)を使っている人間はいるだろう。それは悪いことではない。しかし、それは現代日本の文化・社会の中で部分的にアイヌ文化を使っているに過ぎない。欧米のものを使っているけれど日本人、のようなものだ。

  *        *       *

アイヌ民族の定義はなんだろうか。

アイヌは日本の中に溶け込んでしまっていった。純粋なアイヌ風の生活をしている人間なんていないだろう。

  *        *       *

アイヌの方に貧困の方が多いというニュースを見たことがある。先祖・親から継承したもの(財産や家庭の文化)が日本社会で生活する上での有利不利はあるだろう。アイヌの方の継承したものが不利だった、その結果、貧困になってしまうということはあるだろう。

しかし、その場合は貧困問題として対処するべきだろう。

そして、貧困問題に対応すればするほど、貧困の連鎖を断ち切れば切るほど、その人はアイヌ文化から日本文化に染まって行くことになる。何故なら教育する側・有利に暮らしている側は日本文化だから。

  *        *       *

「これがアイヌ民族」という定義が欲しい。でなければアイヌは政治的に便利に利用されるシンボルになってしまうだろう。それはアイヌの方々にとって幸せなことだとは思えない。

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