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2014年9月10日 (水)

民主国家において政府の行為と国民の意志は分離できるか

民主国家において政府の行為と国民の意志は分離できるか

第96回 「朝鮮人は死ね!」と「朝鮮人は出ていけ!」に違いはあるか
http://kanrishoku.jp/facebook/column/095.html

われわれは、やむを得ずアメリカに移民せざるを得なかった日本人が、「排日移民法」により、第二次大戦中に人種差別的に強制収容所に送られ、徹底的に差別され、迫害され、財産すらも没収された歴史を知っている。そのとき吐かれた言葉が「ジャップ・ゴー・ホーム」だったことを、忘れてはいない。

われわれが憎むべきは、米国政府および米軍であって、アメリカ人一般ではない。「ヤンキー・ゴー・ホーム!」は、アメリカの軍産複合体の権力者とアメリカ国民を同一視する反人民的思想と言わざるを得ない。

「朝鮮人は出ていけ!」も「ヤンキー・ゴー・ホーム!」も、そして「ジャップ・ゴー・ホーム!」も、排外主義的なヘイトスピーチなのである。それゆえ立法化が期待されるヘイトスピーチ規制法では、等しく取り締まりの対象となるだろう。

ヘイトスピーチに対する見方や意見には賛成する部分が多いのだけれど、ちょっと引っかかったというか違和感を覚えた。

「われわれが憎むべきは、米国政府および米軍であって、アメリカ人一般ではない」

米軍は米国政府の指揮下にあり、米国政府はアメリカ国民の選択した政治家(大統領)によって指揮監督されいる。米国政府が行動の根拠にする法律はアメリカ国民の選択した政治家(上院・下院の議員)によって定められている。この状況下で米国政府を憎むことはアメリカ国民を憎むことにならないだろうか。

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米国政府や米軍を批判してはならないとか、従うべきだと言っているのではない。利害や主義主張・価値観の違いがあれば批判し議論するべだ。疑問に感じたのは、「われわれが憎むべきは、米国政府および米軍であって、アメリカ人一般ではない」つまり、米国政府を批判したり憎んでおいて、米国民は別ということが成り立つのかどうか、と言うことだ。

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アメリカは日本と同じく民主国家だ。問題点が無いとはとても言えないけれど、国民の意志が政府の行動に反映し、米軍の行動にも反映している。

米国政府と米軍と米国民を切り離すのは無理があるのではないか。

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民主国家同士において国家の対立は国民の対立だ。民主国家同士が対立したなら(例え戦前の日本とアメリカ、現在の日本と韓国)、その先には独裁国家同士が対立したよりも大きな悲劇が待ち構えているのではないか。

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民主国家において、政府と国民を分離して考えることは難しい。その国の政府や軍の行動に不満や批判があるならば、その国の国民世論に働きかけることを第一とするべきで、政府を憎むのは、なにか間違っているように感じている。

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私は戦前の日本を「欠陥はあったであろうが民主国家であった」と思っています。少なくとも普通選挙を(他国に強制されることなく)行っていたのですから。

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コメント

支那事変は政府は抑制的だったのに世論が強硬で拡大して行ったというのが真相ですな。かように民主国家では世論が政府を突き動かすと言う事もありえます。

投稿: | 2014年9月10日 (水) 22時18分

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