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2014年10月16日 (木)

激しい言葉とグーテンベルグ(あるいはネット)

激しい言葉とグーテンベルグ(あるいはネット)

NHK:報道や言論考えるシンポジウム
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141016/k10015435291000.html

また、精神科医の香山リカさんは、「報道や言論に対する批判は当然あるべきだが、最近は、相手を激しくののしることばを使っても良いという空気がある。外部に敵を作り徹底的にたたくことで、自分自身の不安に目を向けないようにする心理が働いているのではないか」と指摘しました。

昔から「激しくののしることば」はありましたし、「敵を作り徹底的にたたくことで、自分自身の不安に目を向けないようにする心理」もありました。違いはネットの普及で発言のハードルが下がり、識者や社会的地位の高い人間だけでなく、一般人も社会に発言出来るようになったことです。

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イジメも昔からありました。イジメのようなことは人間社会が出来た瞬間からあったでしょう。しかし、出現の仕方は社会状況によって変わります。ネットによるイジメは私の子供のころにはありませんでした(そもそも、ネットは普及していなかったし)。

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昔と今の違いは、ネットです。グーテンベルグの活字印刷技術が、教会の持っていた宗教的な独占を破壊し社会を変革したように、ネットは発言権を開放し社会を変革するでしょう。

結果として、グーテンベルグがもたらしたものが人類を幸福にしたのかどうか、私には判りません。文化や科学技術の発展をもたらした事は確実ですが、幸せにしたかは判りません。ネットについても同じです。ネットは、文化や科学技術の発展をもたらしていますが、それが結果として幸せに結びつくかどうか私には判りません。

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いま起きていることは発言権の開放であり、私達が見ているのは、それによる変化です。

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