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2014年10月 8日 (水)

おまえら自身の責任

おまえら自身の責任

東京新聞:老齢加算廃止訴訟 原告側の敗訴確定 北九州と京都、上告棄却
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014100702000129.html

七十歳以上の生活保護受給者に上乗せ支給していた「老齢加算」の廃止は、生存権を保障する憲法に反するなどとして、北九州市の二十九人と京都府の三人が支給額の減額決定の取り消しを求めた二件の訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷(山浦善樹(よしき)裁判長)は六日、「廃止は合法で合憲」として原告側の上告をいずれも棄却した。原告の敗訴が確定した。二件の判決は五人の裁判官全員一致の意見。



判決後に記者会見した京都訴訟原告の松島松太郎さん(89)=京都市山科区=は「老齢加算の廃止後、旬の果物や野菜が買えなくなり、楽しみにしていた年一、二回の日帰り旅行や映画鑑賞に行けなくなった。これで本当に健康で文化的な生活と言えるのか。残念な判決だ」と話した。

日本の福祉の問題の根本は少子高齢化だ。少子高齢化、つまり少子化で働き手(≒税収、社会の余裕)は減少しているのに、高齢化で福祉の受け手は増えてゆくことが問題なのだ。その為に様々な(一人当たりの)福祉予算を削らなければならなくなっている。

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少子高齢化の責任は、少なくなった子供にはない(自分で勝手に産まれてくる訳ではないのだし)。その責任は、子供を産まなかった親世代、子供を産み育てやすい社会を作らなかった親の親世代にこそある。

高齢加算の対象となる世代は、親の親の世代。子供を産み育てやすい社会を作らなかったことの責任がある世代だ。自分たちが作った社会の結果を拒否するのは無責任だ。

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個々人に責任を問うのは残酷なような気もする。しかし、日本は民主国家で国民に主権がある。これは選択した国民にこそ責任があるということで、国家は共同責任なので、反対派だったからといって責任からは逃れられない(それが出来るなら、国家と無関係に、つまり自己責任で自分の生活の面倒は自分でみろと言う話になる)。

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ある意味、民主主義・民主政治は政治指導者が責任を国民に転嫁するしかけでもある。

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老齢加算の廃止、年金の減少、その責任はいまの年金世代にもっとも大きくあるのではないか。その事から目を逸らした言葉には同情も同意も出来ない。

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コメント

そもそも70歳以上と未満とでは生活コストがそれだけ異なると言う物なのでしょうか。その辺の所が納得がいかない以上、老齢加算なんて代物はいらんでしょう。
もらう物が全くないか、あるかの違いではなく、これまでだってそれなりに生きて来た訳だから、それを継続すれば良いだけじゃないですか。

投稿: DUCE | 2014年10月 8日 (水) 22時15分

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