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2014年10月24日 (金)

いまは話せていると?

いまは話せていると?

琉球新報 社説:道徳の教科化 価値観押し付けを危惧する
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-233525-storytopic-11.html

教科化は、戦前の「修身」の反省の上に立つ戦後日本の教育の重大な転換点となるはずだ。安倍政権は本年度内には教科書作成の基本となる学習指導要領を改定するという。愛国心教育を推進するための基盤づくりとして教科化を急いでいるとしか思えない。

教科化に対する学校現場の不安は根強い。専門家からも「子どもは本心を隠して迎合した発言しかしなくなる」(教育評論家・尾木直樹氏)などの声がある中、教科化を進めることは間違っている。

子どもたちの多様な価値観を養い、自ら物事を考えて社会で健やかに成長していくために学校教育に何が求められるのか。国民的な議論を喚起する中で、望ましい道徳教育の在り方を模索すべきだ。

学校や先生は家庭や生徒に比べて強者だ。モンスターペアレントといった例外はあるが、大部分の関係では強者だ。そして、いつの世の中も弱者は本心を隠す。いや、隠すというより賢く振る舞わねばならないと言うべきか。

つまり、いまだって、子供が本心を明かして話しているなんてことはないんだ。だから「子どもは本心を隠して迎合した発言しかしなくなる」というのに同意できない。

  *        *       *

昔の「修身」は判りやすくて良い。外形的な事を求めるから、どうすれば良いか書いてあるので悩まないですむ。明確に価値観を押し付けるから、自立心のある人間は反抗しやすく、そうでない人間は従いやすい。

自由にさせる。それはそれで良いことなのだけれど下手に悩ませると、考えない人間は暴走し、考える人間は身動きがとれなくなる。そして、良しかれ悪かれ社会には価値観があって従わないと不便だ(逆らうという選択肢もあるが)。で、あれば、明確に価値観を示すことが多くの人々を楽にするのではないか。

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コメント

管理人さんのご意見は、剣道や茶道みたいに型を学ぶ事を仰っているのでしょうね。
尾木氏の発言はあまりきいた事が有りませんが、
「個性化教育」を是としたような感じでしょうか。
現在の教育のあり方を考え続けている人からは、反対の声も上がるでしょう。

正直、日本式個性化教育は失敗だったように思えますし、
社会情勢上、子供は社会が育てることを望まれているのなら、
情操教育は必須ですし、新しい事をやってみて、微調整していくのも手ではないでしょうか。

投稿: ohsui | 2014年10月27日 (月) 02時52分

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