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2014年11月10日 (月)

貧乏なんだよ!

貧乏なんだよ!

NHK:“多重介護”担い手たちの悲鳴
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3578.html

「実の親と義理の親」、「親と配偶者」など、1人で複数の家族を介護する“多重介護”。要介護者の増加と介護期間の長期化、そして少子化による介護者の減少を背景に急速に広がっている。しかし、要介護度が「2」以下だと施設への入所は難しい。また、「3」以上でも、特養ホームの費用が払えず、在宅で介護せざるをえない人も多い。医療や福祉も“多重介護”の負担を考慮して支える仕組みは少なく、事態は深刻化している。

金には限界がある。無い金は使えない。借金するにも限界がある。福祉予算にも年金にも限界がある。

「特養ホームの費用が払えず、在宅で介護せざるをえない人も多い」

ある特養ホームの話。その特養ホームは歴史があるというか古い特養ホームで、一部屋に6人ぐらいの大部屋が基本になっている。で、建物も古くなったので、建て替えという話が持ち上がった。立て直すと現在の基準に適合しないといけないので、大部屋は基本的にNGで個室になる。

するとどういうことになるか。

入居者の負担する費用が上がる。結果、いま入居している人のなかに支払えない人が出てくる。そういった人には退所していただくしかない(その特養ホームでは建て替え計画を止めたそうだ)。

  *        *        *

現在の基準は、プライバシー(などの人権)に配慮して定められたのだろう。しかし、結果としてコストが上がり負担が上がり、入所できない人が出てくる。無限に福祉予算があって全ての人に行き渡るのであれば結構だが、現実は違う。

プライバシーなどなどに配慮した結果、何も受けられない人が出てくる基準は、社会にとって良い基準なのだろうか。私には、そうは思えない。そういった事に配慮しない基準は貧乏人に配慮していない基準だ。「貧乏人は死ね」と言っているのだから。

  *        *        *

様々な介護の質を上げることに反対なんか出来ない。しかし、それによって零れ落ちてしまう人々に配慮がなければ、それは理想ではなくて夢想と呼ぶ他はない。

介護の質が多少落ちたとしても、貧乏な人々にも手の届くものにするという配慮が必要なのではないだろうか。その方が幸せになれる人が多いに違いないのだから。

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コメント

エントリーを読ませていただいて、
介護制度が始まって随分経ちましたので、
思想の見直しとかしたらいいのにと思いました。

医療制度は倫理的、思想的合意を迫られるのに(先送りしまくりでしたが)
介護制度は(素人向けには)金人寄越せ議論が幅を利かせているのは残念です。
老人介護をお金で解決する訳ですから、当然、格差が生じます。
その辺りの下世話な議論を素人にも問いかけてほしいものです。
国民は馬鹿ではありません。(多分。)

社会福祉なんてものは「人みな平等」的な意見ばかりだな、
という偏見を(私は)持っていますが、
最後は金目でしょと、誰か勇者になってくれないかと思う次第です。
この番組見ましたが、介護制度以前はどうだった?が感想でした。

投稿: ohsui | 2014年11月14日 (金) 02時15分

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