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2014年11月 1日 (土)

歴史に学べと言うのなら

歴史に学べと言うのなら

朝日新聞:晩年まで平和の尊さ訴える 元長崎市長・本島等さん死去
http://www.asahi.com/articles/ASGB06S9KGB0TIPE04K.html

本島さんは今年の正月も長崎市で座り込みに参加。被爆者らと核兵器廃絶を訴えた。一方、日本の加害責任にもこだわり、第2次世界大戦で中国から連行され長崎の炭鉱で強制労働をさせられたとして、中国人の元労働者らが国や企業に損害賠償などを求めた訴訟を支援した。

訴訟で原告側代理人を務めた龍田紘一朗弁護士は「未来に目を向けていたから、過去をしっかり総括しないと、との考えだったと思う」と話した。

謹んで哀悼の意を表し、故人のご冥福をお祈り申し上げます。

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「未来に目を向けていたから、過去をしっかり総括しないと、との考えだったと思う」

経験に学習しない人間は同じ過ちを何度も繰り返します。私は連合赤軍事件で「総括」という言葉を知ったので、総括という言葉に良い印象はありませんけれど、総括が必要、過去を振り返って見ることが必要であることには反対しません。

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当時のマスコミや言論や世論に対する言及・分析が圧倒的に少ないように思えます。日本の夏、戦争についてのTV番組や報道が氾濫します。それは良いのです、過去は振り返ってみるべきですから。しかし、内容には不満があります。それは、戦前の言論人やマスコミに対する言及が少ないことです。せいぜい政府に弾圧されてましたとか迎合してましたとか。

日露戦争の講和に対する民意の暴走は何故おきたのか。当時の有識者は何をしていたのか。昭和に入って、中国の深みにズルズルはまって行ったけれど、それに対する世論はどうだったのか、マスコミは何を伝えたのか。

戦前に言論の自由なんて、と思ってはいけません。明治から大正時代にかけての日本は民主政治へと進んでいましたし、成果も上がっています。その中で彼等は何をし、何を失敗したのでしょうか。

政府や軍部に反省・総括が必要なことは明白です。しかし、報道機関や言論人も反省や総括が必要で、その部分は、ぜんぜん出来ていないように思えてしまっています。

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