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2014年12月23日 (火)

表現の自由と見聞きしない権利

表現の自由と見聞きしない権利

スポニチ:ろくでなし子「マ××」「チ××」連発、裁判官に制止された
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/12/23/kiji/K20141223009507440.html

五十嵐容疑者は意見陳述で「事実関係を争っていない。ブログなどで自分の活動を宣伝しており、証拠隠滅のしようがない」と主張。女性器や男性器を示す単語を何度も口にしたため、裁判官が数回制止し、「表現を工夫しないと陳述を制限する」と注意した。

2つの逆なことを書く。

ひとつめは、当人にとって、その言葉でしか表現できないものあるのなら、特に刑罰を定める裁判では、しゃべらせる必要があるのではないか。

ふたつめは、表現は、発信者と受信者がいて成り立つのだから相手が不快に思うのであれば抑制すべきではないか。相手を不快にするのが目的でないならば。

  *        *        *

しかし、もっとも、そんな言葉を聞かされた裁判官の心証がどうなるかは判りませんけれど。

表現は「言わずにはいられないから言う」場合と「相手を動かす・説得する為に言う」場合があります。もちろん、混在している場合もあります。「相手を動かす・説得する為に言う」のであれば、相手を考えるべきでしょう。

  *        *        *

私は、表現は自由であるべきだと思うので、分離を十分にした上で、認めるべきと思っています。見たくない気分の時に目に入ってこなければ良いのです。今回の場、明確に欲しい人にしかデータは渡っていないように思えるので、罪に問うべきではないと考えています。彼女の芸術を理解は出来ませんけれど。

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