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2014年12月29日 (月)

償うべきは誰か

償うべきは誰か

中日新聞 社説:見ず、聞かずの原発被害 年のおわりに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2014122902000097.html

一方、飯舘村に先立つ浪江町の集団ADRでは、精神的慰謝料の「一律月五万円増額」という和解案が示されましたが、東電が和解を拒んでいます。救済されずに放置される、理不尽ともいえる状況の一つ一つが被災者の心を傷つけます。



事故は子どもや若者の夢を奪い、大人たちも先の見えない暮らしの中にとどめおかれている。この救済すら終わっていないのに、再稼働を促す政府の方針に沈黙はできない-。発信されたのは「福島を忘れさせない」という強いメッセージでした。

会場に酒井さんの姿がありました。飯舘村の集団ADRの横断幕に「償(まや)え!」という福島の言葉とともに、原発事故で傷つく前の美しい古里の風景写真を刷り込みました。

この叫びを見過ごし、孤立させることがあってはなりません。

精神的被害を与えたのは誰でしょうか?

東京電力に責任の一部があることは間違いありません。けれど政府やマスコミや有識者や反原発活動家の責任を問わないで良いのでしょうか。実態の何倍もの危険を言い立て恐怖感を煽った責任は問わないで良いのでしょうか。

  *        *        *

被害者を救済する為には、ほんとうの責任者よりも「お金を持っていて、世間的な立場の弱い」ものの責任として賠償させた方が、話が早いのは理解しますが、騒ぎ立てた人々が放置されている現状が良いとは思えません。

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