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2015年1月30日 (金)

目には目を

目には目を

東洋経済:イスラムが求めるのは「神とともにある自由」
http://toyokeizai.net/articles/-/58915?page=2

2006年FIFAワールドカップの決勝戦で、サッカーのスター選手ジネディーヌ・ジダンがイタリア代表のマルコ・マテラッツィに頭突きを食らわせて退場になった。サッカー人生の最後になぜそんなことをしてしまったのか。

フランスの多くのメディアが、人種差別的な発言をされたのだろうと書き立てた。それは違う。ジダンも何を言われたのか、問い詰められても答えなかった。そ のとき、私はイスラム教徒たちに聞いてみた。皆「何を言われたかは想像がつくが、口にはできない」と答えた。イスラム教徒が瞬間的に暴力も辞さない怒りを 爆発させるのは、女性の親族を性的な表現で冒涜されたときだけだ。これは最大の侮辱であり、そういうことをイスラム教徒にすると、刃傷沙汰は避けられな い。

ジダンがその後、テレビに出てなんと言ったか。「サッカーファンの子ども達に謝りたい」と言った。しかし、それでは「頭突きを食らわせたことを後悔しているか」と聞かれて、「いつも悪意ある挑発をした人間は罰せられない。しかし、暴力で応じた人間は必ず罰せられる」と答えた。当時の大統領ジャック・シラクは、その後非常に気を遣って、彼を官邸に招いて、労をねぎらったりした。

殴りたいほどの言葉があるのは理解する。血が逆流してしまう瞬間もあるだろう。それでも、言葉には言葉で戦わなければならない。それが越えてはならない一線であり、言論の自由というものだ。

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「目には目を」という言葉がある。この言葉は復讐を薦めているように解釈されて、良くない事のように思われがちだけれど、相手からされたことに対する報復としては、受けた損害と同じものにする。それ以上のことをしてはいけない。受けた被害以上の攻撃をしてしまえば、報復の連鎖になってしまうので良くない、という解釈もある。

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言葉で攻撃されたら、言葉でやりかえす。それ以上の事をしてはいけない。

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