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2015年2月20日 (金)

世代格差

世代格差

日本経済新聞 社説:表面的な格差論争では満足できない
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO83443790Q5A220C1EA1000/

民主党が格差論争にこだわるのは、同じく岡田代表だった2004年の参院選にこの攻め口で勝利した記憶があるからだろう。

当時は「政府は何とかしろ」というだけでアピールできた。政権を経験した今となっては「我々はこうする」がなければおかしい。格差のあるなしだけの表面的な論戦ではもはや満足できない。

岡田氏が具体的な格差対策として挙げたのは、児童扶養手当の増額、とりわけ第3子の月額3000円の引き上げなどだ。塩崎恭久厚生労働相は財源の必要性などを挙げ、応じなかった。

歯がゆい論戦だ。例えば、手当の増額と保育施設の充実のどちらが子育て世帯のためになるのか、経済の底上げにつながるのか。
その優先順位などを巡って争えば、子どものいる家族など国会の外にも話題が広がっていこう。格差に関心を持つ人は増えつつあり、もっと深掘りした議論が必要ではないか。

財源の提案もなく、手当ての増額を求めるなんて「与党になるつもりのない野党」にしか許されない特権だと思うので、「歯がゆい論戦だ」と言うのには同意する。しかし、その後に書いてあること「例えば、手当の増額と保育施設の充実のどちらが子育て世帯のためになるのか、経済の底上げにつながるのか」という部分には、日本経済新聞の社説に対しても歯がゆさを感じる。なんで、年金や老人介護の予算を削ってでも子育て予算を増やすべきかどうか議論しようと言わないのだろうか。

「手当の増額と保育施設の充実のどちら」では、結局、コップの中の嵐というか、ある業界団体の中での利権の争いのようというか、何故もっと大きな範囲で考えないのだろうか。

   *        *        *

私は、子育ての予算と年金や介護などの予算は同種で逆の方向性を持ったものに見える。群れの中で保護を必要とする存在に対するサポートとして同種であり、未来と過去という意味で逆の方向であるように思っている。

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日本は少子高齢化で苦しんでいる。つまり子供の数が足りなず、高齢者の数は十分にある。ならば、高齢者向けの予算を削ってでも、少子化対策を行うべきではないか。

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コメント

社会人になってしばらくたってわかったのは、「ナチュラルに無礼な若者」はその無礼さゆえに痛い目に遭いやすいわけだけど、だからといって「ナチュラルに礼儀正しいおっさん」になるわけではなく、単に「少しだけ用心深い無礼なおっさん」になる、ということでした。

投稿: kan | 2015年2月20日 (金) 22時35分

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