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2015年2月23日 (月)

何を「歴史の教訓」とすべきだろうか

何を「歴史の教訓」とすべきだろうか

京都新聞 社説:文官統制の全廃  歴史の教訓を忘れるな
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/index.html

戦後の日本が平和国家として守ってきた大切なルールが、また一つ転換されようとしている。

防衛省は、防衛相を支える事務方の「背広組」(文官)を「制服組」(自衛官)より優位とする「文官統制」の規定を、全廃する方針を固めた。3月にも防衛省設置法の改正案をまとめ、今国会に提出する。自衛隊の部隊運用(作戦)を制服組主体とする「運用一体化」も改正に盛り込むという。

歴史の教訓がなし崩しにならないだろうか。拙速は許されない。

何を「歴史の教訓」とすべきだろうか。軍人を政治に関わらせたことだろうか。自分にはそうは思えない。私には、当時のマスコミや政治家が世論に迎合したこと、あるいはテロの恐怖に屈したことではないかと思えるのだが。

  *        *       *

ところで、この「文官統制」を廃止することを他国の例を引き出して避難する言説を見たことがありません。つまり他国では「文官統制」はあまり行われていないということなのでしょう。

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コメント

共産主義国では、政治委員なる、軍隊に出向した共産党の委員が軍隊を牛耳る、一種の文官統制と言う奴がまかり通っていました。
これはこれで厄介な物がありまして、共産党の暴走と言う事を招く要因となったんじゃないですかねぇ。

投稿: DUCE | 2015年2月23日 (月) 23時09分

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