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2015年2月 4日 (水)

貧困層だけの問題ではない

貧困層だけの問題ではない

神奈川新聞:時代の正体〈61〉「イスラム国」は問う 私たちは何をすべきか
http://www.kanaloco.jp/article/83596/cms_id/124294

イスラム国の登場において考えなければならないのは差別や格差の問題です。旧植民地から欧米に移り住んだムスリム(イスラム教徒)の存在には、やがて英国やフランスで国籍が付与されることになるが、学校を出て、いざ就職となると、差別と冷たいまなざしに遭う。

その若者に経済力や能力があればはね返すこともできる。が、それがなければ、あらがいようのない疎外感や屈折を生む。

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で連帯の道が開けた今、自分たちがいかに不平等にさらされているかに気づき、それが怒りや暴力に変わる。

指導者を欠いた暴動は、始末におえないものではあるけれども、「イスラム国」のようなことは出来ない。人間集団を指導するには、能力が必要だ。

「その若者に経済力や能力があればはね返すこともできる」

「イスラム国」に限らないけれど、一般兵士や自爆テロ要員は貧困層の出身で高等教育も受けていないかもしれない。けれども、その指導者(あるいは指導的な立場にある人間、官僚など)は、教育をきちんと受けているはずだ。そういった人間達に対して「経済力や能力がない」とは言えないだろう。

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テロの原因として、貧困や差別が語られることは多い。実際、貧困や差別が原因でテロ組織に入る若者は、そういう状況なのかもしれない。しかし、指導する人間、煽る言説を流す人間には、能力がある。おそらく学歴もあるだろう。それを獲得するための必要だった経済力もあるだろう。

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テロの原因として貧困や差別をなくそうとするのは正しい。しかし、それだけで良いのだろうか。いや、能力や学歴や経済力のある人間が何故テロ組織に関わってしまうのだろうか。それを考えているだろうか、それを考えないで良いのか?

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責任は能力に比例する。教育もうけられず能力がない人間(たとえば文字も読めない貧困層の若者)と能力のある人間では、どちらが責任が大きいか、判りきっている。

貧困層と差別の問題だけに集中していては、問題を見誤るかもしれない。

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コメント

国によっては、金持ちは子弟を外国に留学させる一方で、その他大勢の国民の教育をないがしろにしている所もあります。
そうした金持ち連中の意識にも問題があると思いますね。

投稿: DUCE | 2015年2月 4日 (水) 17時08分

リシャウィ死刑囚。
学も無く(文盲)、市場で野菜を売ってた普通のおばちゃんだったらしい。

投稿: memo | 2015年2月 4日 (水) 17時34分

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