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2015年3月 5日 (木)

「言わぬが花」という言葉もありまして

「言わぬが花」という言葉もありまして

朝鮮日報:【記者手帳】米の「共同責任論」、釈明に追われる韓国当局
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/03/03/2015030300621.html

だがシャーマン次官が「政治指導者が過去の敵を非難することで安っぽい拍手を浴びるのは難しくないが、このような挑発は発展ではなくまひを招く」と述べたことについては、容易に納得はできない。

それでも外交部(省に相当)の当局者は「特定の国を名指ししたわけではなく、一般論的な話をしたもの」との見方を示した。多くの韓国国民がシャーマン次官の発言に「米国は日本を擁護している」との印象を受けているのに対し、外交当局の反応は「逆に国民がシャーマン次官の発言を誤解している」とでも言いたげなように感じられる。

波紋が拡大すると、外交部の趙太庸(チョ・テヨン)第1次官は国会で「シャーマン次官の発言について、外交部では軽く見ていない。週明けにあらためて韓米間で意見を交換する予定」と説明した。

シャーマン次官の発言が米国との外交摩擦に発展するという事態は、外交当局としては避けたいところだろう。それは理解できるが、当事者が発言の真意を明らかにしていないにもかかわらず、韓国政府が自ら、発言の真意を当事者に変わって説明するかのような印象を与えているのはふに落ちない。韓国の立場をはっきり示した上で真意を問うのが堂々とした外交というものではないか。

なんとなくわかってよ、って言う場合がある。この記事の著者はそれを判っているのだろうか。

「韓国の立場をはっきり示した上で真意を問うのが堂々とした外交というものではないか」

自分は外交というものの現場をを知らないので違うとは言いきれないけれど、言葉で戦うのが外交というものであるならば、常に堂々としている訳にもいかないのではないか。

  *        *        *

引用した記事の著者は、煽りはしているけれど、結果責任を求められる立場ではない。責任者・現場で働いている人間のまわりで騒いでいるだけの立場だ。そういった立場の人間、そのなかでも影響力のある人間が、感情に訴えるタテマエ論を述べるのを見ていると腹が立つ。

腹が立つだけでなく、危険な感じがする。

  *        *        *

引用元は韓国の記者が書いた記事だけれど、これは韓国特有ということもない。日本でもあることだ。読者としては、こんな記事に煽られないようにしなければならない。でなければ悲劇が起きてしまう。

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