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2015年3月20日 (金)

戦後を特別視しすぎてはいけない

戦後を特別視しすぎてはいけない

朝日新聞 社説:地下鉄サリン20年―今も問い続ける社会の姿
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

あんな事件は二度と起きない。そう言える社会になっただろうか。

20年前のきょう、オウム真理教の教団幹部らが都内の地下鉄内に猛毒のサリンをまいた。13人が死亡し、6千人以上が負傷する無差別テロだった。

その前年には長野県松本市で8人が死に至るサリン事件があった。地下鉄事件後も、都庁あての爆発物で職員が大けがをするなど、不穏な日々が続いた。

教団に怒りが向いたのは当然だが、翻って、戦後50年間築いてきた社会はこれでいいのか、と考えさせる事件でもあった。

「戦後50年間築いてきた社会はこれでいいのか」、こういった言葉を見聞きすると、お前の歴史は50年しかないのかと言いたくなる時があります。深刻な社会問題がテーマであれば特にそう思います。オウム真理教は戦後日本が育んでしまったものかもしれません。しかし、そうであっても50年しか考えないというのは、それ以前を(意識的ではないにしても)無視するというのはおかしいと感じるのです。

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朝日新聞は50年分の歴史しか認識できないのか?と言うと、言いがかりのようでもありますが、戦後の歴史を特別視しすぎているのではないでしょうか。

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オウム真理教事件が悲惨な事件であることに疑いはありません。しかし戦後の歴史だけを見ていては正しい結果を得られないように思います。

事件の根が深いのは、信徒たちが犯罪をするため教団に入ったわけではなく、生きる意味に悩んだり、社会に矛盾を感じたりしていたことだ。だれにでもある感情である。

生きる意味に悩み社会の矛盾に憤る、そういったものは戦後になって出てきたものではありません。人間の根源的な問いであり本能なのです。何千年も前からあります。そして、そういったものを利用する悪人・詐欺師も戦後になって出てきた訳でもありません。ですから、戦後50年という範囲で考えるのはいかがなものかと思うのです。

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【第10回】
2015年3月19日(木)
ロフトラジオPresents 平野悠の好奇心なんでも聞いてみよう!
「崩れゆく近現代システムと、砦としての共同体自治」

【ゲスト】
宮台真司(社会学者)
保坂展人(世田谷区長)
塩村あやか(東京都議会議員)

【MC】
平野悠(ロフト席亭)
下平憲治(ネバーネバーランド)
http://www.loft-prj.co.jp/loftradio/

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投稿: ロフトラジオ | 2015年3月20日 (金) 14時23分

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